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写真家のキッチンミノルさんに、春風亭一之輔さんを一年追った写真のことなどズケズケききました「インタビュー田原町14」の記録(前編)


10/12㈯に行った「インタビュー田原町14 キッチンミノルさんにきく」の記録です。

会場のReadin’Writin’ BOOK STOREさんでは、10/2~13まで、キッチンさんの『ひこうきがとびたつまえに』刊行記念の写真展も開催していました。

©️Readin’Writin’ BOOK STORE
※有料イベントの記録につき有料設定にしています。御参観者の方にはメールでご連絡いただけましたら全文プレゼントさせていただきます。


大人も楽しめる「しゃしん絵本」『ひこうきがとぶまえに 航空整備士の仕事』を刊行したキッチンさん、じつは独学で写真技術を習得。前職は不動産業のセールスマン(かなり優秀だったらしい)でアイデアマン。
『ひこうきがとぶまえに』では、撮影はもちろん取材交渉や、本来はライターが担当する整備の詳しいことを取材も行うなど、書き手としての才能も感じさせる。
今回、テキサスブックセラーズという「ひとり出版社」も立ち上げた、異能の写真家としての履歴をうかがいました。


後編はこちら↓


話すひと=キッチンミノルさん
きくひと🌖朝山実(構成・文)

🌖『ひこうきがとぶまえに』の巻末付録に、整備士の仕事について詳しく聞いた、メモのような文章が写真とともに載っています。
的確な短文だなあというのと、カメラを構えながらどのようにこれらの質問をしメモしていたんだろうか? 現場の様子をきいてみたいと思ったのがこのインタビューのきっかけでした。
だいたい、こうした取材だとライターが訊いて書くものですが、この本ではキッチンさんが取材も、交渉もひとりもされていたとか?

ヘッダー写真は『ひこうきがとぶまえに』から。
『ひこうきがとぶまえに』巻末頁から


キッチンさん
(以下略)「そうですね。この本のきっかけからお話すると、テレビで飛行機の特集番組があって、その中で10分くらい整備士の仕事を映していたんです。よく覚えているのが、朝、電源を入れる場面で、え?パイロットがするんじゃないんだという驚きがあったんですよね」

🌙写真を見ると、整備士さんがやられていますよね。

「そうなんです。そのとき、ぼくの価値観が180度変えられたというか。これは面白いぞと調べ始めた。エンジンをバラバラに分解するとか。地上ではパイロットよりも整備士のほうがエライんだとか。どんどん価値観がひっくり返っていったんですよね」

🌙価値観が変わる。なるほど。(このときカメラマンもライターと同じ、いや、キッチンさんの場合はそれ以上に下調べをしているというのがちょっと驚きだった)

「調べていくうちに絵も浮かんできましたし。もともと目立たない、ぼくはオモテに出ない仕事に興味が向く。カメラマンもそうだし、これまでの本もそうなんですけど。
牛乳をつくる酪農家の人たちや、卵を生産する農家の人たち。そういう人たちが実際に社会を支えていると思っている」

3歳まで家族で暮らしたテキサスの家を訪ねていってセルフポートレートを撮る



🌙インタビュー田原町は、毎回打ち合わせをせずにやっているんですけど、写真展の設営のときにちょこっと雑談をしていて。キッチンさんはこの本を出すために「ひとり出版社」を作ったとか。会社名はテキサス、なんだっけ?

「テキサスブックセラーズですね」

🌙なんでテキサスなのか? すこし話してもらえますか?

「もともと、僕はテキサス州の出身なんですね。父親はアメリカ人で。ルーツがテキサスだというのと、語呂もよかったので」

🌙テキサスは長かったんですか?

「いや。3歳くらいまでだったので、まったく何も覚えていないんですよね」

🌙そうなんだ。

「そう。なんで日本に帰ってきたのかというと、両親が離婚して(母親と)帰ってくるんですよね。それで生まれた土地の話を親がほとんどしない。たぶん、こういう仕事をしなかったら考えもしなかったと思うんですけど。雑誌などで取材する相手の人というのは、確固たる立場、バックボーンをもっている。うらやましいなあという気がしてくるんですよね。
ぼくは、家は片親だし。日本人でもないし。かといってアメリカ人でもない。自分って何だろう?というのがあって、30代のときに一回見に行ったんです」

🌙お父さんに会いに?

「いえ。その頃は、ニューヨークの方に移っていたんですよね。だから父を訪ねるというのでなく、家を見たい。で、たまたまテキサスの生家の住所がわかったのもあって。
でも、なかなか行けないんですよね。30年ぶんの澱みたいなものがあって。一週間休みをとって行ったんですけど」

🌙近くまで行ったけど。

「生家はフォートワースにあって、日本からダラス・フォートワース空港に到着したんですが、勇気がなくて、パリ(テキサス州にある)に逃避した。『パリ・テキサス』という映画が好きだったから。
だけど、何もない街で、旅の目的を見つめ直し、朝5時に車でパリを出てフォートワースへ。寸前までためらっていたのに、生家を目にするとカメラマンの欲深いところで。『なかで写真を撮らせてもらえませんか?』と会って間もない、その家に住んでいるひとに訊いてみたんですよ」

🌙とつぜん行って?

「そうです。昔、ハロウィンの日に日本人の少年が撃ち殺された事件があったので、かなりドキドキはしました。
まず、英文の説明を書いて見せながら説明したんですけど、門前払い(笑)」

🌙それはそうですよね。

「で、帰ろうとしたんです。でも、ぼくが見せたパスポートにはスティーブン・ミノル・チョウ。ぼく、韓国系なんです。『ちょっと待って。チョウという名前は、たしかこの家を建てた人の名前で目にしたことがある』という話になって。そうそう。アメリカ人というのはそういうのが好きなんですよね」

🌙ルーツ探しは好きですよね。

「そう。自分探しが。で、まあ、なかに入れとなって」

🌙では、父親の名前が役立ったんだと。

「そうそう。そうしたら部屋を案内してくれるんです。ここで、ぼくが知らなかった30年間の生活をしていた人たちがいたんだと、すっと胸におちたんですよね」

🌙3歳までだから、家の記憶は?

「まったくないんですよね。へえー、こんなところなんだ。『すみません。写真撮っていいですか?』と。だけど、いきなり訪ねていっているので洗濯物とか食器が積み上げられているんですけど、いいと言ってもらえて。
ハッセルブラッドというタイマーのないカメラを使っていたので、食器を洗っている、オレを撮ってもらう」

🌙えっ!? 自分を撮ってもらったんだ(笑)

「そうです、そうです(笑)。ぼくが30年後に実家に帰ってきた、みたいにして。ソファに座ってテレビを見ている、オレとか。『じゃあ、外に行って、歩きます』と言って、撮ってもらったりしていたんですよね」

🌙ずいぶん厚かましい(笑)

「アハハハハ。でも、それがきっかけになって、日本で生きていこうと思えるようになったんですよね。
それが30歳のとき。カメラマンとして仕事を始めたのは25歳からだったんですけど。そこから写真集を出そうと思うようになるんです。
そういうのもあって、テキサスというのは僕の中ではとても重要な場所で。帰国したら、AERAの『はたらく夫婦カンケイ』の連載が決まる。それは7年間続いて、のちにアサヤマさんと知り合うきっかけにもなるんですけど」

ソッポを向いていたり、無表情だったり。ちょっとヘンなインタビュー写真を撮り続けた


🌙いま話に出たので、紹介しておきます。連載をまとめたのがこの『メオトバンドラ』という本で。AERAを手にするたび、わたしはずっと最後の頁から見ていたんですけど。

『メオトパンドラ』から
巻末に夫婦それぞれの職業が一覧表になっている。
写真は一夫婦の一枚。それぞれの撮影の際の話(なぜ押し入れに親子で入ってもらったんですか?とか。じつは「はたらく」が関係している)を聞きたいとおもわせる写真集だ。


🌖夫婦のよくあるツーショット写真のようで、すごく違和感がある。たとえば、この頁。知り合いの演劇の演出家とプロデューサー夫婦の写真ですけど。30年ちかくイッセー尾形のひとり芝居の演出をされていた。
連載を好きで見るというよりも「嫌だなあこの写真」と思いながら、いつも最初にこの頁を見ずにはいられないというか。

「アハハハ」

🌙キッチンミノルというカタカナ名も、なんやねんというのもあって。夫婦のポートレイトならにこやかな表情を撮るだろうに、ふたりが右と左を見て、そっぽを向いている。しかも表情がない。マネキンがポーズをとっているようだし。
これを撮っているのはどんなカメラマンなのか。現場を見たいと思うようになって、知り合いの森田さんたちを提案し、雑誌のokも出て、取材現場に立ち会うことが出来たんですね。
そのときのキッチンさんは、インタビューの間はすこし離れたところで聞いていて。どちらかというと存在を消すようにしていて。

「まあ、そうですかね。でも、存在感を消すというよりは、ぼくはチームでやっているので、ライターとカメラマンと編集がいてチームの空気がいいようになることを考えてはいるんですよね」

🌙撮影となったときに、下見していた稽古場に移動する。ライトとかはセッティングされていて、二人の位置を指定し、演出家の森田さんは車椅子を使われていたんだけど。

「あのときは、交換してくださいとお願いしたんですよね。車椅子に妻が座ってみるという」

🌙ああ、そうでしたね。それはどうして?

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