弥立つ|青森
「会社辞めていいかな……」
驚くぐらい冷静に、うん、と頷いていた。
こんな日が来ることを、私はどこかで予感していたのだ。
子育ての合間にパートに出ていた私は、親戚の会社の事務員にしてもらった。
あれから4度目の夏。
夫が手がけたねぶたが、今日、青森の街を運行する。
子供の頃から暇さえあれば、ねぶた小屋に入り浸っていた夫。
ねぶた師になりたいという夢は、何度も壁に阻まれた。
明確なルートはなく、ねぶた制作だけでは食べていけない。
東京の大学を出て、ねぶたに携わっていたいと地元の企業に入った。
仕事の傍ら制作を手伝い続けて、いつしか40代後半になっていた。
そんな時の、夫のあの言葉だった。
正真正銘のねぶた馬鹿。
ずいぶん遠回りをしたけど、夢がやっと叶ったのだ。
心から、おめでとう。
ラッセラー、ラッセラー、ラッセラッセ、ラッセラー!
ねぶた囃子に心が浮き立つ。
北国の短い夏、じゃわめぐ季節の到来だ。
*「弥立つ」(いやたつ)・・・いよいよ心を奮い立たせる。
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