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僕って、なに系?

 5年生になると、委員会活動がはじまる。全員が何らかの委員にならなくてはいけない。

 放送委員はとても人気があって、男子も女子もなりたい人が多い。
女子は「将来は女子アナになりたいの」と言うキラキラ系で、男子は「放送委員ってなんかかっこいいよな」という目立ちたがり系と、「朝礼サボりたい」「放送室はクーラーがガンガン効いてて涼しい」というちゃっかり系、「機械好き」「アニソン好き」というオタク系が混じっている。

 親友のニコタローは放送委員に立候補した。ニコタローはクラスの人気者だ。ギャグは面白いし、運動神経抜群で、勉強もそこそこできる。ヒーロー系だな。女子がいる時は、かっこつけてんなあ、と思うこともあるけど、一番の友達だ。

 飼育委員は「動物が好き」という子が多い。ユイが手を挙げたら、「僕も」「俺も」と名乗り出る男子がいて、ハハーン、あいつらユイのこと好きなんだな、と丸わかりだ。ユイはアイドル系なんだ。

 僕は、特にやりたい委員もなく、あみだくじで図書委員に決まった。図書委員は微妙だ。図書委員は、すごくなりたい人と、絶対なりたくない人というのにきっぱり分かれる。
 女子は、アキが真っ先に立候補してすんなり決まった。アキは去年の全国作文コンクールで入賞して全校集会で表彰されていた。5年で初めて一緒のクラスになったからよく知らないんだけど、僕とは正反対のお嬢様系、優等生系だな。ちょっとおっかなそうだけど、アキが一緒だったら助けてもらえそうだし、ま、いっか。

 家が近所のニコタローとは、登下校はいつも一緒だった。毎朝8時10分に「リク、おはよー」とニコタローがやってきて、僕は慌てて家を飛び出す、というのがいつのもパターンだ。
 だけど今日の帰り道、ニコタローに言われたんだ。
「僕、放送委員になったから、当番の日は早く行かなきゃならないんだ。先に登校するから」じゃんけんで勝ち抜いて憧れの放送委員になったニコタローは、誇らしげだった。
「ふーん、そうなんだ」僕はわざとそっけなく答えた。

 ニコタローは金曜日の担当になって、8時までに放送室でスタンバイしなきゃいけないそうだ。帰りも最後までいて、下校の音楽とアナウンスをするんだって。
 それから僕は金曜日はひとりで登校して、ひとりで下校するようになった。いつもニコタローとぺちゃくちゃしゃべって、20分ぐらいかかってた帰り道、ひとりだと10分だった。時間は短くなったのに、ひとりで歩いていると、前より家が遠くに感じてしまう。
 ふたりとも習い事のない金曜日は、途中でタコ公園に寄って遊んだりしたのにな。ひとりぼっちで歩く僕は「友達がいなくてかわいそうな子」に見えるのかな、とか思って、わざと大きく手を振って、口笛を吹きながら歩いた。
 
 そんなある朝、いつものようにピンポーンと音がした。僕はいちごジャムをぬったトーストをくわえたまま、ランドセルを肩にかけて玄関を出た。そこにはニコタローとユウキがいた。
「おはよ、リク!ユウキも一緒だよ」
 僕は慌ててトーストを飲み込んだ。ユウキは隣のクラスで、ニコタローと同じ放送委員だ。
「ユウキは同じ金曜の当番なんだ」ユウキの家は近くの団地らしい。
「ニコタロー、明日のお昼、何かける?」
「うちの担任のふさよ先生、ユーミンが好きみたいなんだ。だからユーミンかけて驚かせたいな」
「へえ。うちの母ちゃんもユーミン好きだぜ。先生、母ちゃんと同年代かな?」
「年齢は秘密って言ってたから、わかんないなあ。もっと年上だったりして」
 楽しそうなふたりの少し後ろを僕はひとりで歩く。3人なのに、ひとりで歩くより寂しく感じるのはなぜだろう。

 この日の帰りも、ユウキがうちのクラスにやってきた。
「ニコタロー、一緒に帰ろうぜ!」
「おう。リク、帰ろう!」
「あ、僕、今日は図書当番だから、先に帰ってて」
「わかった。じゃあ、また明日!あ、明日は放送当番だから先に行くね」
 ふたりはゴムまりのように弾んで帰っていった。僕はギーギー音が響く2階の廊下を歩いて、薄暗い図書室に入る。アキに「佐伯くん、遅いよ」と言われて、慌てて椅子に座った。本を借りに来る人も少なくて暇だ。
 僕はぼーっと考える。ユウキは何系だろ?元気のいいワイルド系?カメラ好きって言ってたからオタク系なのかな?
 
 金曜日の放課後、図書委員は居残りになった。半年に一度の本の整理の日だ。本を片付けていると、「この本面白いよ」とアキに本を手渡された。恐ろしげな絵の表紙に『怪人二十面相』と書いてある。分厚くて、ページをめくると字も小さくて難しそうだなと思ったけど、アキの手前、借りる手続きをした。

 タラララ・ラ・ラ・ラ、ラララララ〜♪ 
 『踊る人形』が流れ出した。「下校の時間です。みなさん帰りましょう」ニコタローの声だ。
 アキと校門を出ると、後ろから声がした。
「おーい、リク!」ニコタローとユウキだった。
「僕らも一緒に帰っていい?」
「うん、もちろん!」僕より先にアキが答えて、4人で並んで歩く。

「3人は将来何になりたいの?」アキは突然、そんな質問をする。
「僕は新聞記者になりたいと思ってたけど、最近はアナウンサーもいいなと思ってるよ」ニコタローが一番に答えた。
「僕はカメラマンになって世界に飛び出したい」とユウキ。
「へー、ふたりともかっこいいね。佐伯くんは?」
「え、僕?うーん。特にない……」
「ふうん。私はね、小説家になりたいの」
「すげー!アキ、作文も上手だし、絶対なれるよ!」ニコタローの言葉に、アキは、ありがとう!と答えてにっこり笑った。
「あ、僕、忘れ物しちゃった。取りに戻る!」
「え〜?リク、月曜じゃダメなの〜?」
 ニコタローの声が聞こえたけど、僕はそのまま学校に向かって走った。忘れ物をしたというのはうそだ。なんだかみんなと一緒にいるのがつらくなったんだ。
 
 校門はもう閉まっていた。ニコタロー達が公園で待ってくれてるかも、と思ったけど、すぐに戻る気になれなくて、門のところにしゃがみこんだ。
「あれ、佐伯くん?」
 振り返ると、担任のふさよ先生だった。
「どうした?なんかあった?」僕が答えられずにいると、門を開けて、僕を校庭のベンチに座らせた。
「ちょっと待ってて」と職員室に走って行った。
 しーんと静かな校庭にひとり。僕は涙を手の甲でぬぐった。
  
 しばらくして先生がマグカップをふたつ持って戻ってきた。
「ほうじ茶よ。熱いから気をつけてね」と手渡してくれた。
 飲んだら本当に熱くて、思わず、アチ!って言ったら、
「だから言ったでしょー」と笑った。
「話してごらん。誰にも言わないから」
 ふさよ先生はいつもキリッとして厳しいけれど、今日はとっても優しい。
「はい……僕ってなんだろうって考えてたら、悲しくなって。親友のニコタローは人気者でヒーロー系で、最近、隣のクラスのユウキと仲が良くなって。ユウキは将来カメラマンになりたいって言って、ニコタローは記者かアナウンサーになりたいって。アキは勉強もできて優等生系で、作家になりたいって。でも僕はみんなみたいに、得意なこともないし、自慢できることもないし、なりたいものもない」話しているうちに、また悲しくなって、ぽろっと涙が落ちた。
「そうかあ。でも先生からみると、佐伯くんも特長あるよ。いいところいっぱいあるよ」
 僕は驚いて顔を上げた。
「そうねえ、佐伯くん流に言うと『気配り系』かな。他の人の気持ちを想像する力があるね。子供から大人になるには、必要な力だよ」
 自分だけおいてけぼりにされたような気持ちだった僕はびっくりした。僕が大人ぽいの?
「でもね、他の人の気持ちを考えすぎて、自分がどう思われてるか、とか気にしすぎちゃうのね。長所と短所は表裏なんだよ。あとね、○○系って面白いなーって思うけど、人間てひとつの面だけじゃないから、決めつけない方がいいかもしれないね。ほら、私は『怖い系』と思われてると思うけど『癒し系』でもあるでしょ」ふさよ先生は僕の顔をのぞき込んでバチンとウィンクした。思わず笑ってしまったら「こらー!」と言いつつ、ふさよ先生も笑っていた。

 月曜日の特別活動の時間。
「今日は『いいところ探し』のワークをします。クラス全員の『いいところ』をひとつずつ書いてね。自分の名前は書かないこと」
 ふさよ先生の宣言に、みんなざわざわしている。
「静かに!真面目に書くのよ」
 仲の良い友達の「いいところ」はいくらでも書けるけど、あまり話したことがない子の「いいところ」は難しい。
「はーい終了。それぞれの分を渡すわね」
 クラスメイトから見た「僕のいいところ」、ドキドキしながら紙をめくる。
「忘れ物をした時貸してくれた」「口笛がうまい」「優しい」「図工が上手」「親切」「サッカーがうまい」「こけた時保健室に連れて行ってくれた」……。
 自分でも思いもよらなかった「いいところ」が書かれていて、驚いたけれど、読んでいるうちに、うれしくなって、なんだか力がわいてきた。
 後ろの席のアキが、ツンツンと背中をつつく。
「なんて書いてた?」
「えっと、優しいっていうのが一番多かったよ」と僕が言うと、
「わかる!」とアキは笑った。
「アキは?」
「いろいろあるけど『お嬢様・優等生系だけど実は気さく』って書いてるのがあって、へえと思った」
「ふーん、そうなんだ」僕は慌てて言って「あ、『二十面相』面白かったよ」と話を変えた。

 6時間目が終わって、今日もユウキがやってきた。
「ニコタロー、リク、帰ろうぜ!」
「私も一緒にいい?」アキの言葉に、ニコタローが、大歓迎!と答える。
 帰り道、ニコタローにも聞いてみよう。僕がまだ気がついていないニコタローの「いいところ」がきっとあるだろうから。ユウキの「いいところ」もこれから見つけなきゃ。ふさよ先生サンキュ、と心の中でつぶやいた。

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