雷 第四十話
港では、長州の人間が続々と集まっている。その人の壁をかき分けて、二人が埠頭にまでたどり着いた。すると、下りてきたのは武士である。眼光鋭く、顎の骨は十分に発達した鰓に、達磨落としの積み木のような太い首をかましている。だが、その眼光の鋭さは尋常でない無念さが勝っていた。
「慎太郎、ここじゃ」
慎太郎と呼ばれた青年は中岡慎太郎である。坂本と共に薩長盟約の為に奔走した一人である。中岡は、その場に崩れ落ちた。
「龍馬。……龍馬ァー!!」
尋常ではない姿を見て、坂本と桂は一つの結論を導き出した。そしてその答え合わせをするために中岡の傍に寄った。
「まさか、西郷は」
さすがに坂本の表情に焦りが見えた。
「直前になって、西郷殿は京に向かうちぃいいよった。西郷は」
中岡は沖合にある遠くの帆船を指さし、
「あそこにおる」
と告げると、会釈をしたように帆船はそのまま瀬戸内の方に向かっていった。
「なんでじゃ、慎太郎」
「分からん。……分からん」
蹲って呻いている中岡の背中を坂本がさすっている姿を見た桂は思わず、
「だから、西郷は信用できんのだ」
と言い放った。これにはさすがの坂本も言い返すことが出来ない。桂の怒りは地面を踏み抜いてしまいそうなほどに鳴らす地団駄に現れていた。端正な色白の顔が桃色に染まっていく。
「桂さん」
坂本が何かを言おうとした。しかし桂は無言でそれを御しようとする。それでも坂本は続けた。
「桂さん、西郷は人物じゃ。間違いのう結ぶ。薩摩にも事情があるんじゃ、そこは考えてやってくれ」
「坂本君、君が請け負ったことだぞ。分かっているのか」
「分かっちょる。じゃけんど、薩摩も事情がある。それに、薩摩は西郷サァと大久保サァ、それに小松サァの三人でもっとる。どれかが崩れたら、それは薩摩の終わりになる。長州でいえばオンシと高杉さんのようなもんじゃ」
坂本はすでに次の方策に頭を巡らしていた。京に向かうという事は、京の薩摩屋敷にいる可能性が高い。そこを狙えば、西郷とて身動きはできまい。桂は暴発した怒りを出しきったように紅潮した顔を緩ませて、
「とにかく、次を考えよう」
といった。
桂はこの事を高杉に告げると、別段動じようともせず、ただ
「それでも薩摩とは結べ」
とだけいった。
「しかし、晋作」
「大事なのは盟約を結ぶことだ。少々道が拗れていても、そこを飛び越えて結べ。京に行け」
「ならば、ここはどうする」
「そこは、俊輔や馨もおる。むしろ、京が手薄になっているから、君が言ってくれれば心強い」
桂が坂本と共に京に向かうのは、もう少し先の話である。
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