雷 第四十四話

十兵衛が気づいたのは、屋根裏部屋の中である。皆が心配そうにのぞき込んでいる。
「気が付いて何よりだ」
 三浦がほっとした様子で、声をかけた。
「急に倒れてしまうから、どうしたのか心配であった。志野殿が声をかけて我らが運び込んだのだ」
「そうか。……不意に意識が遠くなったと思うと四肢がいう事を聞かなくなってしまっていたのです」
「恐らく、今までの疲れがどっと出たのでしょうな。長州での戦から張りつめていた糸が切れてしまったのだろう、暫くゆっくりと休むがよろしい。まあ、旅籠の事は今まで通りやればよいわけだから、楠殿は養生されよ」
 忝い、と十兵衛が半身を起こそうとするのを、三浦が無理に止め、
「そのまま、そのまま。また、誰か行かせましょう」
 といって、皆は下りてしまう。十兵衛の頭の中を睡魔が駆け巡っているようである。
「今は少し、休むか」
 というと、十兵衛は静に寝息を立てていた。
 再び目を覚ました時、すでに日は高く上り、恐らく一日丸々寝ていたのであろう。十兵衛は布団を折りたたんで起きると、周囲の鉄錆びた匂いを感じ取った。慌てて下りると、そこかしこに屍が転がっている。
 足元を見てみると、三浦が瞠目したまま斃れていた。口に手をかざすが、すでに息はない。
(見つかったのか)
 直感でそう感じ取った。どうやって見つかったのかはわからない。だが、明らかにこの旅籠を襲撃している所を見ると、前々から目をつけていたのかもしれない。今となっては分からぬ事であるが。
 屍を丹念に見ていると、志野の姿がない。
 志野殿、と十兵衛は声を上げて探し回った。旅籠の奥の部屋に入った時、十兵衛は目をそらした。
 志野は自ら喉に刀を突き立てて斃れていた。しかも、乱暴に着物をはぎ取り、白い太ももが露わになっていた。
「これで、全部か」
 という声が聞こえてきた。刹那、十兵衛は物陰に身をひそめて、声の主の動向を伺った。そのうちの一人が、
「まさか女がいたとはな。天狗党はふしだらであるらしい」
「といって、手籠めにしたお前も同類ではないか」
 といって笑いあっている。十兵衛は志野が突き立てた刀を引き離すと、足音を忍ばせて声の方に近寄った。襲撃者は、確認する限りでは二人いる。十兵衛は気配を消して、二人の動向を見る。日が高く上っている事もあって、二人の動きは影を見れば、四肢の動きの隅々まで分かるほどである。
一人が、障子越しに近づくと、十兵衛は静かに障子を開け、一人の腰のあたりを刺し貫いた。と同時に男の口をふさぐ。その上で、
「お前たちは何者だ」
 と問うた。男は口ごもらせながら、
「諸生党だ」
 とだけ答えると、十兵衛はそうか、といってさらに抉った。男が事切れる。
 異変にはすぐに察したようで、もう一人の襲撃者もすぐに気がつくと、十兵衛の姿を見た。
「まだいたか」
 と吐き捨てると、抜刀して襲い掛かった。十兵衛、すでに体力も十分に回復していて、難なく男の太刀筋を見極めた。男の数撃を見極めると、十兵衛はその中を掻い潜って、男の首筋に刃を当てた。
「どうしてここが分かった」
「報せがあったのよ。誰かは知らんが、忠義のあるやつがいるのだ」
 十兵衛はゆっくりと刃を引いた。男の頸動脈が露わになると、そのまま天に向かって吹き上げた。血みどろの何とも言えない虹がかかる。
 十兵衛は支度を整え、襲撃者を含むすべての死体を一箇所に集めると、そこに火をつけた。
 轟々と旅籠が燃え盛る。十兵衛の瞳に熱を従えて映る。

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