自分の人生を、生き方を、変える
数か月前、私は作家活動に本腰を入れるべく拠点を東京に移しました。
なぜかというと物書きにとって、そこが最も動きやすい場所だからです。
地方へ活動拠点を移動した芸能事務所もありますが、周りはまだ本格的な動きにはなっていないでしょう。
もし世の中がそうなれば、こちらもその時に動けばいいこと。
そもそものきっかけは大前研一さんの名言でした。
人間が変わる方法は3つしかない。
1番目は時間配分を変える。
2番目は住む場所を変える。
3番目はつきあう人を変える。
この3つの要素でしか人間は変わらない。
最も無意味なのは、
『決意を新たにする』ことだ。
口先や気持ちだけで人生は変えられないとずっと心で気づいていた私は覚悟を決めて行動を起こすことにしました。
上京にあたり、心に決めたこと
➀誰かの助けをあてにしない
周りがどのような状況でも何としてでも自分の力で生きていく。
私は都内へ拠点を移すにあたり、そう心に決めました。
30年以上生きてきた自分にいつも問うことがあります。
もし自分がピンチに陥ったら…
国は助けてくれるか?
知り合いは助けてくれるか?
とどのつまり、そこになります。
答えは「ノー」だと私は思っています。
なぜなら自分を救えるのは自分しかいないから。
向こうだって大変な状況かもしれないし、実は陰でこちらを裏切るなんてこともあり得るでしょう。
我々は暮らしやすい良い国に生まれ育ったため、日頃から受け身な姿勢が身についてしまい自分の力で生きていくことを忘れがちです。
裏を返せば、危機的な状況に置かれて初めて人は危機意識を持って動き始めるといっても過言ではありません。
世の中へ愚痴を言っている暇はないのです。
私は今回の感染症騒動の件で強い危機感を持ちました。
そして、自分の力でお金を稼いでいくことを胸に強く誓いました。
生きていくためにはお金が必要なのです。
正しく稼ぎ、正しく使い、すべては人生と夢のために。
➁時間を奪う者(物)と縁を切る
もともと人の目を気にする性格ゆえ、いろんな人から嫌われないように衝突しないように細々と生きてきました。
ところがそのため、神経をすり減らして気にしたり落ちこんだりして前へ進めないことがほとんど。
こっちに来て、ふと気づきました。
そういったことは時間のムダなんだと。
引き算の美学というものがあります。
自分の夢を叶えるにあたり、その目標・目的から逆算したときにどのような最短距離で近づいていけばいいのか?
そのためには何が必要で、何が不要か?
引き算をするように、ムダなものを極力削ぎ落として生きていかなければなりません。
時は金なり。
人生の時間は有限です。
死んだら終わり。
だから無意味なものに時間を割いている暇はもう無いんだ、と。
まず拠点を変えたことで根深かった地元の人間関係や風習・慣習に縛られることがなくなり、気持ちがとても楽になりました。
以前、都内の飲食店で働いていたときスタッフがみんな地方出身者だったのはそういった過去があったのかな、と。
やがて環境が変わると意識も変わります。
自分の足を引っ張ったり、
自分の心を無理に操ろうとしたり、
自分と違う人生の方向を見ていたり、
自分を不快にさせたりする相手とは縁を切ります。
さらにネガティブなほうへ引っ張る物事やニュースにも近寄りません。
なぜなら人は関わる相手や手にした情報などに簡単に左右される生き物だと身をもってわかっているから。
ついには自分と同じ意識レベルか、それ以上の意識や知識・新しい気づき・価値観を持っている人でないとこの心が動かなくなりました。
私は作家として、たくさんの演劇関係者を救いたいのです。
そのためには自分の向かうべき道と無関係なものはすべて排除する覚悟と冷徹さが必要になります。
なので、もういい人ではいられません。
大切な人生の主導権を他人に握られたくもありません。
もちろん敵を作るでしょう。
それでもかまいません。
自分が幸せでなければ、他人を幸せにはできないのですから。
さてここまで毒を吐き続けてきましたが、ここからは住んでみてから気づいたことを書いていきます。
環境を変えて気づいたこと
➀道はひとつだけではない
つまり、都内には進むべき人生の道の選択肢や可能性の機会が地方よりも多くあるからこそ、心が逃げにくくなるということ。
一途が大事とか、職人みたくその道一本で行くとよく言います。
でも「道はひとつだけ」と思うことは、却って人の思考を止めるんです。
もしそのひとつがダメになったとき、頭の中がキャパオーバーになって何も考えられなくなる危険性を大いに孕んでしまいます。
試しに仕事や片想い、あらゆるものに置き換えてみてください。
その人だけしか見えない。
その仕事だけしか出来ない。
このように我を忘れてしまっては元も子もありません。
我々は日々頭を使っていかなければならないのですから。
最悪の場合に備え、他の道をたくさん作ってみるのも手です。
作家という仕事ひとつにおいても、ただ文を書くだけではなくいろんな形のコンテンツを生み出すという選択肢があるのです。
そのチャンスがたくさん転がっているのが都内でした。
たとえネット環境が発展しても、生きていく環境の便利さについてはまだ変えられそうにありません。
➁あらゆる刺激が多い
とにかくインフラが便利。
おかげで時間やお金の使い方を意識するようになりました。
電車やバスも数分単位で動き、ある程度の距離でも徒歩で何とかなるから非常に助かる。
風景の変わるスピードも速く、いろんなものが目に入り、耳に入り、体で感じ取り、刺激の多さが新たな作品のネタになっていくんです。
今この時代が抱えている問題は何なのか?
もし今を生きる人たちがこんなことになったらどうなるか?
たくさんの人たちにリアルを伝えるため、皮肉にも世の中に問題や不条理があって作家というのは筆を動かす生き物なのです。
➂演劇や役者との距離が近い
舞台の公演場所を見ると、「あ、近い!」と思う。
これに尽きます。
一緒にお仕事したい役者さんが同じ都内にいる。
↓
断然、声をかけやすくなる。
↓
仕事がスムーズに進む。
やはりすべては環境なのです。
自分がそこにいなければ、関わりたい人に関われないのです。
運命を変えていくのは自分の行動次第。
もともと置かれた状況が遠いなら、自ら近い場所を選べばいい。
ただそれだけのこと。
今の時期だと周りはいろいろ騒ぐでしょうが、自分の人生です。
立ち止まっている暇は一秒もありません。
まとめ
もともと繊細な性格ゆえ、環境を変えることで正直どうなるか不安でしたがきょうも何とか生きております。
この歳でこれほどまでに頭をフル回転して、生き延びてやろう!という本能が芽生えるとは思いもしませんでした。
数か月を経た今、たとえ世の中が閉塞感に包まれようともこの心は落ち着いております。
それは取捨選択しているから。
必要なものだけを選び、育て活かす。
不要なものは捨てて、目や耳に入れない。
やはりこれなんです。
自立そして自律することはいかに自分が弱い生き物かを自覚しつつ、頭を使ってこの世を生き抜いていくか。
自分を生かすも殺すも自分の行動次第なのですから。
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