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4月9日
強い風が吹く。小さな花びらが落ちてくる。開いた頁に挟まる。組んだ脚に積もる。開けっ放しのカバンにも入ったかもしれない。この物語を読み終える頃には私のからだはこの小さな植物たちに埋もれてしまうかもしれないと思う。もちろんそんな事態は起きないと分かっていて、想像する。
日差しが布越しに肌を焼く。褪せたジーンズの中で腿が熱を持ち始めたのが分かる。水路で少年たちが水遊びをしている。その心地よい冷たさを自分の感覚に注ぐ。指の間をすり抜ける透明と、爪の間に入り込む土色。帰ったらすぐにそのざらつきを洗い流したい。熱めのシャワーで念入りに。
天道虫が本の縁を行き来する。少しの間眺めていたけれど、彼もしくは彼女がいっこうに立ち去ろうとしないので本を閉じたその風圧で地面に払い落とす。もしかするとまだ子供だから上手く飛べなかったのだろうか、と後になって考える。足元を見ても赤と黒の小さな生き物はみつからない。
鳩が遠慮なく近付いてくる。首の辺りに緑の艶を湛えた彼もしくは彼女はとても健康的に見える。私なんかよりよっぽど健全な肉体を持っていそうだなと少し羨ましくなる。ベンチの下を潜ったり、靴底をつついたり、驚くほど距離が近い。私は気付かぬ内に銅像にでもなったのかもしれない。
月日が流れたある日、本を開くとそこに潰れて水分の抜けた小さな花びらが居るだろう。あの日あの時、強い風が吹いていたことや日差しに体温を上げられたこと、天道虫や鳩の姿を思い出すだろう。過ぎ去る春が確かな形見を残していくから、今はその記憶を容易く忘れてしまって構わない。
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