【設立趣意書】会社経営と創業のきっかけ
はじめに
株式会社Monochro代表取締役の小嶋勇輝です。
ここでは会社経営の中での話をメインでしたいと思います。
モノクロは現在3期目の会社です。
現状の不動産業界にある課題を感じ、
24歳で起業しました。
今思えば、
20歳の時に将来起業することを決意し、
学生ながらに、
様々な人に会って仕事や経営の話を聞いたり、
本や動画で学びまくったり、数十万を払って経営スクールに入ったり、
と様々な事をしてきました。
その経験が今に確実に生きているとは思いますし、そこから更に実際に行動して得た経験も増えました。
この2年間を振り返っても、
人生の中で一番濃いものだったなと感じています。
そして、今となっては、核となる仲間が固まり、
その結果、お引越しのご紹介を下さった方も会社として年間400人を超えるようになりました。
このnoteでは、
そんな2年間経営をしてきた中で、
一番大事にしてきた内容をここで書きたいと思います。
モノクロという会社を経営してきて、
一番大事にしてきたことはなにか。
それは、、、
パーパス(存在意義)
です。
言い換えれば、
価値観や想いや使命、理念などにも言い換えることが出来ます。
呼び方はどうであれ、何より大事なのは、
社内一人一人の、
”腹落ちが出来るまでに、異様なまでの理念の浸透”
これが何より会社経営で大事であると実感しています。
会社経営で大事な事は"ビジョナリーカンパニー"にあった
僕がパーパスという言葉に出会ったのは、起業前に読んだ、
ビジョナリーカンパニーという一冊です。
この本は、めちゃくちゃ分厚いんですが、気づけば読み終わるぐらいに面白い本です。
そして、聞くところによると会社経営界隈でのバイブルのような本みたいです。
とっても簡単に話すと、
この著者ジムコリンズさんは、偉大な企業の特徴を生涯をかけて分析していました。
それに長い年月を費やす中で、とうとう、ある一つの共通点を見つけたのです。
それこそが、社内の
”異様なまでの理念の浸透”
だったのです。
偉大な企業には、
ウォルトディズニーや、ソニーなどがその代表として挙げられていました。
それら偉大な企業の事をこの本では、ビジョナリーカンパニーと総称しています。
ビジョナリーカンパニーは、共通して、
理念が末端社員にまで深く浸透するための時計を作るのが上手い。
時計とは、本来何時何分と正確な時間が分かる”絶対的指針”です。
それを会社の中にも作りなさい
この本ではそう言います。
会社の中の時計とは、まさしく、会社の指針であり、理念の可視化。
つまり、趣意書です。
趣意書とは、文字通り、物事を行う趣意をしるした文章の事。
これを何度も何度も時間をかけて作りなさいとこの本は言うのです。
僕が思うに、これは会社だけに限らず、国やスポーツチーム、宗教など、すべてに共通しているなと感じます。
国にも、その国の建国神話があり、それらは大概、文書として残され、長く長歴史を超えて伝達されるものです。
偉大な企業、つまりビジョナリーカンパニーも同じで、長く歴史を超えて伝達されるものこそが、理念でありパーパスです。
この記事は、ある種社内に向けて書いたレターでもあり、
まさしくその趣意書になるものです。
私はこの本で、
経営をし、偉大な企業を目指すのであれば、
偉大なリーダーを目指すのではなく、
絶対的な時計を作ることが一番大事なのだと学びました。
実際にこの本でも、カリスマ的なリーダーは必要ないと言います。
それよりも、どのリーダーになっても広く理念が浸透している状態を作ることこそが何よりも経営者に求められる資質なのだと。
私は、別にカリスマでもなければ、よくある不動産会社の社長さんのように口が上手くクロージングが上手いわけでもない。
でも、その分、こうしたいという想いはあります。
本では、そんな私に大きく背中を押してくれました。
Monochroは、本気で世の中に価値貢献ができるビジョナリーカンパニーに選ばれるような偉大な企業を目指したい。
この本を読んでから、そう本気で思った結果、
Monochroはパーパス経営を決意しました。
※パーパス経営の大先輩とも言えるプルデンシャル生命さんの動画も記載します。
パーパス経営をするということは、
同じ思いの仲間のみを集めた集団であることを指し、共感の出来る仲間以外は排除することを意味します。
これは口で言うのは簡単ですが、
実際に現場で、
理念の共感は薄いけど実力がある人
がモノクロで入りたいとなったときに、
心を鬼にして不採用を突きつけなければなりません。
優秀な人を落とすことはそれだけ勇気がいります。
また、共感したふりをして採用になった人も、
パーパス経営の会社では、
共感していない人にとって地獄のような空間になるという事です。
ただ、
ビジョナリーカンパニーでは、
そのような文化形成が、
偉大な企業の特徴と教えてくれます。
ここまで前置きが長くなりましたが、これらを踏まえ、
具体的にMonochroは、どんな理念を掲げ、
何故生まれ、どこを目指し、そして、何を大事な核とするのかという事について話していきたいと思います。
Monochroの羅針盤
Monochroが、本気でパーパス経営をするにあたって欠かせないマップがあります。いわば羅針盤です。
それを今回こちらのnoteで公開したいと思います。
モノクロでは、
この羅針盤をブランドマップと名付けています。
モノクロというブランドを作り上げるにあたって、
会社の理念や想い自体が、
未来永劫続くブランドになると信じ、
そのロードマップとしてこの名前を付けました。
誰もが思い浮かぶブランドや、長く続くブランドには、共通してその会社ごとのコンセプトや理念があります。
モノクロの中で、このブランドマップは、
それらを反映させた地図です。
ちなみに、一般的にはこのようなシートを
ビジョンマップなどと呼んだりします。
実は、
ビジョンマップを最前線で推奨する社長さんの動画を参考にしました。
SNSで現在有名な大阪の企業ブランディングの会社、トゥモローゲートさん
車屋の社長さんでSNSでの知名度が抜群中野優作さん
これらの動画を一からすべて見て学び、改良を重ね作成したものになります。
特に、シートの配置やデザインはトゥモローゲートさんに完全にインスパイアを受けてます(笑)
ただ、何度も言うように、
ここで大事なのは、”地図の形”でも、”地図の正確性”でもありません。
ビジョナリーカンパニーに必要なのは、
”地図自体の存在とその浸透”
です。
言ってしまえば、A4の用紙に手書きで一文書いた理念でも、
"社内に異様なまでに浸透"
していればそれでいいんです。
ただ、モノクロは形にもこだわりたかった(笑)
ちなみに、この地図は何度も何度もブラッシュアップをして作り替わっていますし、今後も変わっていくことでしょう。
変わることは、改善を意味し、絶対に必要だと思っています。
ただし、モノクロ創業から掲げている根源の理念は変わることは決してありません。
それがこのブランドマップでいうPURPOSE(パーパス)の
”徹底的な身内の幸せの追求”
これは全社員が一言一句言えます。
この根本的で絶対に変わることのない指針を掲げ、
そして、それを達成するためにMISSIONや行動指針であるコアバリューを明示しています。
ここでは、その中で核となるパーパスに絞ってお話をしたいと思います。
※コアバリューやミッションも別の記事で書きたいと思います。
ここからは、そもそも、
”徹底的な身内の幸せの追求”
というパーパスはなぜ生まれたのか。
について話したいと思います
なぜ”徹底的な身内の幸せの追求”をするのか?
創業者の過去
ここで、僭越ながら、
少しだけ個人の話をさせてください。
私は、幼少期はドッジボールばかりをする遊び好きな本当にどこにでもいる普通の子供で、
3人家族の3DK の市内の団地で育ちました。
親はどちらも高校卒業後すぐに働いていて 30 歳で自分を生み、父は運送の仕事一本で家族を支えてず っと育ててくれていていました。
なんの不自由もなく楽しい子どもの時間を過ごさせてもらいましたが、ある時状況が一変します。
当時父は運送会社に勤めていました。
そして、運送会社は想像以上に過酷でした。
父は、僕が生まれたから10年弱の間、夜中の3時には起きて仕事に出て、夜の9時ごろに帰ってくる生活を続けていました。
おかげで、何不自由なく育ててもらいましたが、自分が中学の時に、
父親があまりの重労働が続き、遂に過労で倒れ吐血し救急搬送されました。
父親は家族の為と無理をしていたみたいです。
幸い無事ではありましたが、このまま続けると命が危ないと布告され、退職。
ここからが、一気に家族の状態が変わりました。
当時既に50歳を超えており、再就職は想像以上に厳しく、
そこからは母のパート代だけで暮らし、貯金を切り崩しての生活となりました。
その後も療養と年齢の関係で再就職が出来ず、経済事情は悪化する一方。
自分が大学に入るころには、両親がお金のことで毎日夜中まで喧嘩するようになり、いよいよ 離婚寸前までいきました。
家族自体は仲が良かった方だったのに、お金のことで目に見えて仲が悪くなり、 3DKの部屋で、親がリビングで喧嘩しているのも丸聞こえで、ふすまの奥から毎日聞いていました。
どうしようもない現状にお互いストレスも限界になり、
普段絶対に泣かない母が寝室に逃げて母が夜に泣いているのを見た時の悔しさは今でも鮮明に覚えているし、
またそれとは別に 1 人っ子で兄弟もいないので、将来親を支えるのは自分しかいないとい う責任で押しつぶされそうにもなりました。
ただ、それが今は経営の糧になっています。
でも、だからこそ大きなきっかけになり、体育学校出身でスポーツばかりの自分でしたが、
大学では心機一転、自分が将来家族を支えられるように、資格の勉強に専念することに。
そこで、不動産、法律、金融の資格を取ろうと決意。
初めは、18歳の時に宅建という資格から勉強することになりました。
スポーツばかりの毎日で、
受験勉強もろくにしたことがなかった自分でしたが、
一転して
毎日 10 時間以上椅子に座り続け猛勉強。
通学は往復 3 時間かけて神戸まで通い、家に帰ったらご飯を食べて寝るだけの生活。
いきなり体に合わないことをしたせいか、顔面がニキビだらけになりました(笑)
そうしながら迎えた宅建試験 丁度1 ヵ月前の追い込み期間、
祖父が他界しました。
当時がんで入院していたおじいちゃんでしたが、初孫として凄く可愛がってくれて、僕自身も大好きでした。
そんなおじいちゃんに、
勉強を言い訳になかなか会えないまま月日が流れ、僕が講座を受けている最中に大学に電話があり、知らされました。
あの時もっとなんで会いに行かなかったんだと。未だに凄く後悔をしています。
余談ですが、大事な家族にはあと何回会えるのかを真剣に考えて、今できる後悔しない親孝行を絶対にしてください。
そんなこともあり、僕の中で絶対に受かるという意思にもなったし、一位になってやるという意思にもなりました。
試験を迎え、結果は講座内でも一位の成績で無事に合格。
その後も、その勢いのまま不動産の資格を別で2つ、
法律の行政書士、金融のFP 技能士2級の試験に挑み無事合格。
そして、やりすぎたせいか、
結果的に、とある地方の大学ではありますが、
法学部で首席にもなりました(笑)
そしてここからが、今のモノクロが設立したきっかけの話になります。
モノクロ創業のきっかけ
不動産という仕事
不動産屋という仕事は、あくまで仲介業です。
そして、
その仲介商品も今の時代は大元のデータベースがあり、共有されています。
あの不動産屋だけが持っている極秘の物件。
なんてものは、ネットが無い昔のお話です。
その為ぶっちゃけたお話、
その不動産屋で扱える物件は、隣の不動産屋でも扱えるという実情なのです。
だからこそ、僕は、本当に信頼できる不動産屋が身近にいるか?
が重要だと考えています。
ふと学生の頃、
将来知り合いに気軽に忖度なく話してくれる弁護士や医者が居たらなんと心強いかと考えたことがあります。
それと同じだなと今は思っています。
対応するスタッフからしても、
自分たちがこの仕事をしていて、
自分の兄弟や親友に対してシンプルに思うのは、
どうか良い会社、良い物件に出会ってほしい。
という事です。
もっと言えば、
単純かもしれませんが、
兄弟や親友などの身内を扱うかのようなサービスと心構え
で日々お客様に接していれば、どれほど良いサービスが生まれるのか?
と思うのです。
だからこそ、モノクロは、何より身内を大事にし、そして、
"身内に誇れるサービス"
を世の中に提供するという意識を持って、
徹底的な身内の幸せの追求
を掲げているという形です。
僕の母親が不正営業に合って憤りを感じたように、
もし、悪徳な不動産会社を引いて悔しい思いをする人、そしてその家族が少しでも減って欲しい。
そんな思いを掲げて作ったのがモノクロになります。
そして、このパーパスは今後経営していく中では、
創業した自分自身をも、
洗脳していくぐらいのものでなくてはいけません。
結局、今後経営していく中で、他の稼げる事業やグレーなことをしていくとなった時に、
ふと、
それは、本当に身内に誇れる仕事なのか?
と自分自身に自問自答できる人や、会社で有りたいと思っています。
そして、このパーパスの元、選んだのが不動産業になりますが、
具体的に、
僕が不動産業界に対して感じた課題に対して、
モノクロが行っていくコンセプトについて、
別のシートを使って話していきたいと思います。
モノクロの業界に対する使命
こちらがモノクロのコンセプトマップになります。
これらについて話すと、
過去の部分でお話したように、私は少しでも身内に貢献できる仕事、身内に胸を張れる仕事がしたいと思っていました。
そして、どうせ自分の命を使って働くなら、身近な人に、そして、自分の人生に役に立つ仕事に就きなさい。
そうすれば、絶対に身近な人の笑顔に携わることが出来る。
そう信じて不動産の道に進みました。
しかし、実際に働いて強く感じたことがあります。
それは、業界のイメージが凄く悪いということ。
不動産の仕事をしたいと周りに言ったときに、周りに最初に言われるのは、
怪しそう、大変そう、大丈夫?騙されそう。などの言葉ばかり。
もっとひどいと、
不動産屋に行くなら縁を切る、
などの話も聞いたことがあります。
不動産業界には、千三つ(せんみつ)という言葉があります。
ネットで調べると、嘘つきやほら吹きと出てきます。
これは、千の中に真実は3つしかない業界だということです。
すなわち、業界として、
いかに価値提供や寄り添いをするか。
というよりも、「いかに早く捌けるか」「いかに利益を乗せて説得できるか」「いかに騙せるか」
がずっと続いてきたということです。
そして、
特に親の世代ではネットもなく特にひどかった。
その所以が今の不動産業界のイメージかと思っています。
よく、
火のないところに煙は立たないといいますが、
本当にそうで、
イメージが悪いという事はそれだけ、悪くなるような悪行が横行したという事です。
その背景にすごく疑問を感じていたことから、
僕の中で不動産業界という
”黒い業界イメージを白へ塗り替えたい”
そう強く思うようになりました。
お気づきかもしれませんが、その背景もあり、社名をモノクロと名付けました。
もう少し業界の話を深くすると、
そもそも、良いカフェや美容室があれば、
ふと女性同士の会話でカフェなんかで、このお店知ってる?であったり、いきつけのお店があるんだよね、などの話が出てくるのに、
”行きつけの不動産屋”
はなぜないのか。ここにも疑問がありました。
本来、数少ない人生の大事なイベントの引っ越しを担当して貰うのにも関わらず、
パッと浮かぶ会社や行きつけの不動産屋がいない。
これは不自由だなと感じます。
なぜ、このような状態なのかというと、
それは、広告の仕方自体が、物件で釣って引き寄せる業界だからです。
SUUMOなどの広告サイトが間に入り、よりお金を積んだ会社から優先的に表示される仕組みのため、
どのサイトでも物件を問い合わせるとどこかの不動産屋に繋がる仕組みになっています。
いわばガチャです。
これまでの業界がずっとこの形であり、SUUMOが圧倒的影響力を持っているためどの会社も自社のブランディングをしている会社が殆ど無いんです。
だからこそ、
モノクロは、ふとした日常会話で、
"この不動産屋知ってる?"
と出てくるぐらい、親しみやすくて、会社のブランドがしっかりされている会社にしたい。
その為には、オフィスデザインや、インスタグラム、名刺、HP、会社の雰囲気など、アウター面でのブランディングを確立させる必要があったため、
そこもとことんこだわり抜きました。
そして、それと並行して、
上記のブランドマップにあったような理念地図、インナー面でのブランディングを同時に確立することが非常に大事だと考えています。
モノクロはブランディングにとことんこだわり、
黒い業界のイメージを白へ塗り替える会社として奮闘します。
最後に
ここまでお読みいただきありがとうございました。
モノクロが生まれた経緯、
そして想いを一人でも多くの人たちに伝え、
共感して頂く事が僕の使命だと思っています。
一丁前に語っていますが、
まだまだ道半ばですし、課題は山積みです。
しかし、いつかモノクロが大阪で、
不動産といえば、モノクロだよね。
とか、
街のカフェでふと女性同士がこの不動産屋知ってる?
と会話に出てくるぐらい、
不動産屋のイメージを塗り替えた会社になりたいと思っています。
現在の不動産業界に、
それだけ会社としてファンになっている会社がいないと思っています。
だからこそ、本気でそこを目指していきたい。
私は不動産屋は本当にいい仕事だと思っています。
なぜなら、そこで得た経験や知識は、
自分の人生や、自分の家族にも、そして友人にも絶対生きてくるから。
折角世の中に一つの法人を作ったからこそ、
会社単位で、業界のイメージを丸ごと塗り替えたい。
本当に良いサービスを提供している会社が生き残る業界にしたい。
そんな思いを募って出来たのが、モノクロという会社です。
1人1人のお客様や日々紹介を頂く方々、そして、モノクロを支えてくれる社員の方々にこの場を借りて感謝を伝えたいと思います。
ここまでご覧いただき本当にありがとうございました。