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短編小説『ぼくの神様』
まえがき
子どもの頃、ふとした瞬間に「神様って本当にいるのだろうか?」と考えたことはありませんか。大人になるにつれて、いつの間にかそんな素朴な疑問は日常の中に埋もれてしまいがちです。
この短編小説『ぼくの神様』は、ひと夏の不思議な出来事を通じて、子どもの純粋な視点と神秘の世界に触れる物語です。主人公の「ぼく」が神様と名乗る少年との交流を通じて感じたもの、それは目には見えないけれど確かに存在する「つながり」や「心の拠り所」かもしれません。
忙しい日常の中で忘れがちな、ほんの少しの不思議や温もり。この物語が読者の心に小さな灯りをともせることを願っています。どうぞお楽しみください。
神様なんて本当はいるわけがない――子どもたちの間ではそういうのが暗黙の了解だった。ぼくもそう思っていた。少なくとも、あの夏までは。
小学校の夏休み、ぼくは祖父母が住む田舎に預けられた。両親は共働きで忙しく、ぼくを一人で家に置いておくのが心配だったのだ。そこでの生活は退屈だった。スマホの電波は弱く、遊び場も学校の校庭みたいに広くない。川や田んぼ、古びた神社くらいしかなかった。
「退屈だなぁ…」
ある日、ぼくは村のはずれにある神社へ行った。誰も訪れないせいか、石段には苔が生え、鳥居は古びて色褪せていた。子どものぼくには少し不気味に思えたけれど、好奇心に負けて入ってみた。
社の中はひんやりしていて、静寂が耳を押しつぶすようだった。ぼくは神棚の前でポケットからガムを取り出し、「もし本当に神様がいるなら、ぼくを退屈から救ってよ」とつぶやいた。そして、特に考えもなくガムを供え物のように置いてみた。
「神様もガム食べるかな?」と、独り言を言いながらその場を離れた。
翌日、また神社を訪れると、ガムがなくなっていた。「誰かが食べたのかな?」と不思議に思ったけれど、気にせず新しいガムを置いて帰った。
その夜、ぼくは夢を見た。夢の中で、ぼくと同じくらいの年の男の子が現れた。ぼんやりとした顔立ちだったけど、ぼくにこう言った。
「ガム、ありがとう。ぼくも暇だったんだ。」
目が覚めると、夢だとわかっているのに、妙にリアルな感覚が残っていた。
それから数日間、ぼくは神社に通い続けた。ガムやお菓子を置いて、独り言のように「今日はこんなことがあった」と話すのが日課になった。神様の夢を見ることはなかったけれど、不思議と孤独は感じなくなっていた。
ある日、ぼくがいつものようにお菓子を置き、帰ろうとしたときだ。
「ありがとう。」
背後から声がした。
驚いて振り返ると、そこには夢で見た男の子が立っていた。彼は白っぽい着物を着ていて、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。
「き、君は…?」
ぼくが声を震わせながら尋ねると、彼はにっこり笑った。
「ぼく、神様だよ。」
彼はぼくと同じくらいの年に見えたけれど、その話し方はどこか大人びていた。神様だというその少年は、「長い間、誰も来なくて寂しかった」と話し始めた。
「みんな、神様なんていないって思ってるからね。でも君は来てくれた。だから、お礼に退屈しないようにしてあげる。」
「どうやって?」
ぼくが尋ねると、彼は笑顔で答えた。
「一緒に遊ぼうよ。」
それからの数日間、ぼくと神様は村中を駆け回った。川で魚を捕まえたり、田んぼの畦道を競争したり。時には木の上に座って遠くの山を眺めることもあった。彼と一緒にいると、ぼくの退屈はすっかり消え去っていた。
夏休みの最終日、ぼくは神社に別れを告げに行った。
「ありがとう、神様。君のおかげで楽しい夏になったよ。」
彼は少し寂しそうに微笑んで言った。
「ぼくも楽しかった。でも、また退屈になったら遊びにおいで。」
ぼくは「うん」と力強くうなずき、神社を後にした。
その後、何度も神社を訪れようとしたけれど、いつ行っても彼に会うことはなかった。ただ、あの夏の日々は鮮明に心に刻まれている。
「神様なんていない」――かつてはそう思っていたぼく。でも、今ならこう言える。
「ぼくの神様は、あの夏、確かにそこにいた。」
−完−
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