人はなぜ「金儲け」を嫌うのか?心理学で明らかになった「嫌儲(けんもう)バイアス」の謎
現代社会において「金儲け」という言葉が持つイメージは、実に複雑です。一部の人々はそれを成功や努力の象徴として称賛しますが、一方で「嫌儲(けんもう)」と呼ばれる現象があるように、営利目的そのものに強い嫌悪感を抱く人も少なくありません。SNS上での企業批判や、成功者への不信感といった場面に、この心理が垣間見えることも多いでしょう。特に、ネット掲示板やSNSでは、企業や成功者に対する厳しい意見が飛び交うことも珍しくありません。
しかし、よく考えれば「金儲け」そのものは中立的な行為であり、罪や悪と結びつく理由は見当たりません。むしろ、利益を追求することが新しい価値を生み出し、社会を進歩させる重要な要素であることも事実です。例えば、新薬の開発や環境技術の革新などは、利益追求の動機がなければ実現困難だったでしょう。それにも関わらず、なぜ人々は金儲けを嫌う傾向があるのでしょうか?
この疑問に答えるため、オランダのエラスムス大学の研究チームが7つの異なる実験を行い、人間の金儲けに対する心理的反応を詳しく調査しました。その結果、「嫌儲バイアス」と呼ばれる心理的傾向が明らかになりました。本稿では、この研究結果と、それが社会や個人に与える影響について、具体例を交えながら詳しく解説します。
嫌儲バイアスとは何か?
「嫌儲バイアス」とは、営利活動や金儲けに対して無意識のうちに否定的な感情を抱く心理的傾向のことです。このバイアスは、個人の収入や教育水準、政治的立場に関わらず、広く人々に共通して見られることがわかっています。つまり、「嫌儲」という感情は特定の人々や集団に限定されたものではなく、私たち全員が持ち得る普遍的な心理だと言えます。例えば、高収入の職業に就いている人でも、内心では金儲けに対する罪悪感を抱いていることがあります。また、社会貢献活動に熱心な人でも、利益を上げる企業に対して厳しい目を向けることがあります。
嫌儲バイアスを裏付ける研究:エラスムス大学の7つの実験
エラスムス大学の研究チームは、この「嫌儲バイアス」を実証するために、7つの異なる実験を行いました。ここでは、その中でも特に興味深い2つの実験を紹介します。
実験1:「儲かっている企業」に対する印象:利益と悪の関連付け
まず、研究チームはFortune 500企業のリスト(売上高上位500社のリスト)を参加者に見せ、それぞれの企業について次のような質問を行いました:
この企業はどれくらい儲かっていると思いますか?(利益の推定)
その企業に対してどのようなイメージを持っていますか?(倫理的評価)
結果は明確でした。「儲かっている」という印象が強い企業ほど、参加者から**「悪いことをしている可能性が高い」「社会に害を与えている」「倫理的に問題がある」**と評価される傾向があったのです。実際の利益額や具体的な活動内容とは関係なく、ただ「儲けていそう」というイメージだけで否定的な感情が引き起こされていることがわかりました。例えば、環境保護に熱心に取り組んでいる企業であっても、利益が大きいと認識されると、否定的な評価を受けることがありました。
実験2:「営利目的」と「非営利目的」の比較:ラベルが与える影響
次に行われた実験では、ある架空の企業についての説明文を参加者に読んでもらいました。その際、以下のようにグループを分けて提示しました:
Aグループ:「この企業は営利目的でコーヒーを販売しています。」
Bグループ:「この企業は非営利目的でコーヒーを販売しています。」
説明文の内容は全く同じでしたが、「営利目的」という情報があるだけで、Aグループの参加者はその企業を**「社会的に害を及ぼす」「利己的」「信用できない」と評価しました。一方、Bグループでは「信頼できる」「社会に貢献している」「倫理的である」**といったポジティブな評価が多く見られました。この結果から、単に「営利目的」というラベルが貼られるだけで、人々の評価が大きく変わることが示されました。
嫌儲バイアスの進化的背景:公平性への本能
このようなバイアスがなぜ存在するのかを理解するには、人類の進化的な背景に目を向ける必要があります。
私たちの祖先は、数百万年にわたり狩猟採集社会で生活してきました。この時代、部族の仲間同士で資源を平等に分け合い、助け合うことが生存に不可欠でした。個人が富を独占することは共同体全体の存続を脅かす行為と見なされ、自然と「平等であること」が重要な価値観として定着していったのです。例えば、獲物を仕留めた際には、狩りに参加した者だけでなく、部族全体で分け合うことが一般的でした。
こうした進化的な背景が、現代の経済活動にも影響を及ぼし、「富を持つこと」や「利益を追求すること」に対する無意識の警戒感を生み出しているのではないかと考えられます。いわば、「嫌儲バイアス」は公平性を重視する人間の本能的な心理として進化の中で形成されたのかもしれません。
嫌儲バイアスの社会的影響:光と影
嫌儲バイアスは、社会に様々な影響を与えます。
ポジティブな影響
倫理的消費の促進: 企業の営利活動を批判的に見ることが、消費者の倫理的な選択を促し、社会に良い影響を与えることがあります。例えば、環境に配慮した製品を選ぶ、労働環境の良い企業を支持するなど。
過剰な富の集中への抑止力: 富の偏在に対する警戒心が、不正行為や搾取を抑える役割を果たすこともあります。過度な格差社会へのブレーキとして機能する可能性があります。
ネガティブな影響
イノベーションの阻害: 企業の営利活動が過剰に批判されることで、新しい商品やサービスの開発が妨げられる可能性があります。例えば、革新的な技術を持つベンチャー企業が、利益追求を理由に批判されるなど。
経済政策への影響: 嫌儲バイアスが強い社会では、市場経済を健全に機能させる政策が採用されにくくなるリスクがあります。例えば、企業の成長を支援する政策が「金持ち優遇」と批判されるなど。
成功者への不信感: 個人の成功に対して不当な批判が行われることで、健全な競争が阻害される恐れがあります。努力して成功した人が「ずるい」と見なされるような社会では、人々のモチベーションが低下する可能性があります。
嫌儲バイアスを克服する方法:個人と社会の意識改革
1. 長期的なメリットに目を向ける:イノベーションと社会貢献
営利活動がもたらすポジティブな影響に注目することが重要です。たとえば、企業が利益を上げることで得られる資金が、新商品の開発や品質向上、雇用の創出、さらには社会貢献活動に繋がることを理解する必要があります。また、利益追求がイノベーションを生み出し、最終的に社会全体の利益に貢献する可能性が高いことを認識することも大切です。例えば、電気自動車の開発は、企業の利益追求の結果として生まれ、環境問題の解決に貢献しています。
2. 公平性を重視する運営:透明性と説明責任
企業が営利活動を行う際には、そのプロセスが透明で公平であることを示す努力が必要です。たとえば、CSR(企業の社会的責任)活動や環境保護への取り組み、従業員の労働環境などを明確に示すことで、消費者の信頼を得ることができます。また、経営陣の報酬体系を公開し、その妥当性について説明責任を果たすことも重要です。
3. 個々人のバイアスを自覚する:自己認識と教育
私たち一人ひとりが、自分自身の「嫌儲バイアス」に気づき、それが合理的な判断ではなく進化的な心理に由来している可能性を意識することが重要です。この意識が、より建設的な議論や行動を促す第一歩となるでしょう。学校教育において、経済活動や企業活動の意義を正しく教えることも重要です。
4. オープンな議論の場を設ける
嫌儲バイアスについて、社会全体でオープンに議論する場を設けることが重要です。異なる意見を持つ人々が、互いの立場を理解し、建設的な対話を行うことで、より良い社会の実現につながります。
独自の見解:嫌儲バイアスは現代社会における「必要悪」なのか?
嫌儲バイアスは、一見するとネガティブな心理傾向に思えます。しかし、私はこのバイアスが現代社会において、ある種の「必要悪」としての役割を果たしているのではないかと考えています。
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