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【2分小説】ある公園の昼下がりで


「は~~~っ」


大きなため息をついた。


俺は、平日の昼間だというのに
ピカピカな似合わないスーツを着て公園のブランコに座っている。

本当は、スーツなんて一生着る予定なんてなかった。


子どもの頃から憧れた
甲本ヒロトのようなロックンローラーになるのが夢だった。


でも、彼女が3ヶ月前に妊娠していることがわかり、俺のアルバイトでの収入では生活するのが難しくなった。


プライドを捨てて
30才で就職面接を繰り返す日々を送っていた。


今日も年下の面接官に偉そうに
「今まで何してきたんですか?」
と質問されて、何度も見てきた定型文の不採用メールが送られてきた。


やってられなくなって
缶ビールをコンビニで買って
ボーッとブランコに座っている。


彼女が待つ家には情けなくて帰りたくない。



「は~~~~っ」


隣でため息が聞こえた。


横を見てみると、中学生ぐらいの女の子が俺の隣のブランコに座っていた。


チラチラこっちを見て、話を聞いてほしそうにしている。


無視していると、また大きなため息をしてきた。


「…えーと、どうしたんだ?」


仕方ないので聞いてやることにした。


「は~っ、聞いてくれますかー?

今日の朝、パパと喧嘩して家出してきたんです…」


「学校は?」


「今日は、夏休みです」


そうか、学生は今日休みか。
いいなぁ…


「なんで、喧嘩したの?」


「あたしの推しのイケメンアイドルと
パパが似てるって言ってきたんです!

あたしの推しは、あんなに湿布臭いオヤジじゃないのに!」


そうかー…どうでも良いな…







「は~~~~っ」


今度は、中学生の奥のブランコから
ため息が聞こえた。


初老の爺さんが座っていて
こちらをチラチラ見ている。


「僕の話を聞いてくれないかい?」


自分から声をかけてきた。


「い、いいですけど…」


「最近、妻がババ友を家に連れて来て
マダガスカル式健康法をするようになって、家で居場所が無くなってしまったんだよ」


マダガスカル式健康法とは何か気になるが
聞くと長くなりそうなのでスルーした。


「ババ友というのは、どのくらい連れてくるんですか?」


中学生が聞いた。


「50人近くぐらい連れてくるかなぁ…」


そりゃあ家に居場所はないわ。
50人近くのおばさん達で得体の知れない健康法をやられたらたまったもんじゃない。







「クゥ~~~ン」


爺さんの隣のブランコからため息のような鳴き声が聞こえた。


ゴールデンレトリバーがブランコの上で
しょんぼり座っていた。


話を聞いてほしそうに、こちらを見ていた。


「…お前も家に帰れない理由があるのか?」


「ワン…」


犬は、ブランコから降りて
俺の膝を触ってきた。


「なんだ?…膝?」


「恐らく、この犬が触っているのは膝の皿だね。

…僕の推理だと、家の主人が大切にしている皿を割ってしまったんじゃないかい?」


爺さんが、犬に聞いた。


「ワン!ワン!」


どうやら当たってるらしい。
爺さん凄すぎだろ…



「「「は~~~~っ」」」


みんな揃ってブランコの上でため息をした。


平日の公園にどんよりとした空気が漂う。

なんとも耐えられない空気。


このままでは、近所でこの公園の悪い噂が広まってしまう…





「そうだ!ため息ついてても仕方ないから
みんなで缶蹴りでもしないか?」




俺は、手に持つ空の缶ビールを
みんなに見せて自分でも恥ずかしくなるほどバカな提案をした。


「いいですね!」


「缶蹴りなんて、僕何十年ぶりだろう!」


「ワン!ワン!」


想像以上に、みんなノリノリだった。





公園の真ん中に缶を置いて
俺が思いっきり缶を蹴った。


そして、みんなで一斉にダッシュで隠れた。






…。



息を殺しながら、静かに時間が過ぎる。




あれ?




何かおかしい…。






そうだ、鬼がいない。




「はい!みんな集合!

缶蹴りは、鬼がいないと成り立たないんだ。」


「たしかに!なんかおかしいと思ったんですよ!」


「はははっ、久しぶり過ぎて忘れてしまいましたよ。」


「ワン!ワン!」


どうやら、この公園にまともな奴は
俺を含めて誰もいないらしい。





「じゃあ、ジャンケンで鬼を決めよう」



そして、ジャンケンをして
見事に俺が1人負けをして鬼になった。




まず、中学生が思いっきり缶を蹴飛ばした。


思った以上に遠くに飛び
木の枝の高いところに引っ掛かった。




最悪だ…


俺は、木登りして
缶をなんとか取り所定の位置に置いてから
みんなを探した。






遊具の隙間からハゲ頭が見えた。

あれは爺さんの頭だな!

俺は遊具の裏に回って爺さんを探した。


すると、別の遊具から爺さんが勢いよく飛び出してきた。


「はは!それは僕が仕掛けた
捨ててあったバレーボールだよ!
だまされたね!」


してやったりな顔で爺さんは「マダガスカル式キック!」と言いながら缶を蹴飛ばした。



くそっ!
あの爺さん無駄にはりきってやがる。
また、缶を探してからやりなおしだ!








今度は砂場から犬の鳴き声が聞こえて向かった。


すると、犬が砂場に深い穴を掘ってケツだけ出して隠れていた。

ふっ。
バカな犬だ…それじゃあ丸見えだ。


「よし!犬みーっけ!」


俺は、缶を踏みに行こうとした。

すると、犬が俺に向かって後ろ足をバタバタさせて砂をかけてきた。



うっ、目に砂が入った…


その隙に、犬は缶を咥えてどこかに隠した。


ちくしょう…そんなのありかよ。
俺は、1度水道で目を洗ってから
缶を見つけて仕切り直した。







「キャーー!!」

突然、トイレの裏から悲鳴が聞こえた。


なんだ!?大丈夫か!?


俺は、急いでトイレの裏へ走った。




すると、スマホが置いてあって
画面にはイケメンアイドルが歌って踊って
ファン達にキャーキャー言われてる映像が流れていた。


さっきの悲鳴はこれか…


「どうですか?あたしの推し!最高ですよね!?」


と言いながら中学生は、
トイレとは全く別の方向から出てきて
缶を思いっきり蹴り飛ばした。



こんちくしょう…

こいつら、なかなかやりやがる…








俺達の缶蹴りは夕方になるまで続いた。


相変わらず俺が鬼のままだ。



17時になった頃、中学生が

「みんなごめん!あたし、パパがLINEで謝ってきたから、そろそろ帰りますね!」

とスマホ画面を見せつけて言った。


「…そうか、もう家出すんなよ」


「はい!楽しかったです!

やっぱりなんだかんだ、私にとっての推しはパパですからね」

中学生は笑顔で帰っていった。




しばらく、3人で缶蹴りを続けた。


17時半を回った頃に爺さんが

「皆さん、悪いね。
僕もそろそろ妻とババ友たちのマダガスカル式健康法が終わる時間だから帰るね」

と時計を見ながら言った。


「…そうですか。
爺さんもそんなに元気なんですから、
奥さんと一緒にマダガスカル式健康法やればいいじゃないですか?」


「そうだね!体を動かす楽しさを今日久しぶりに知れたから、ババ友たちに混ざってみようかな!ありがとう!
楽しかった!」


爺さんは、ウキウキしながら帰っていった。




「…じゃあ、俺達だけでやるか?」




「サラちゃーん!サラちゃーん!
どこいるのー!」


遠くで誰かを探す声がした。

「クゥーン…」

犬の顔を見ると
俺のことを申し訳なさそうな顔で見ていた。


「…どうやら、サラちゃんってお前のことのようだな。俺のことは、気にせず飼い主の所に行きな。


てかお前、サラって言うんだな。
サラって名前でお皿を割っちまったのか…
もう割るなよ?」


「ワン!」

犬は、何度も俺のことを振り向きながら
飼い主のもとに戻った。




「は~~~っ!
みんな帰っちまった。

なんだかんだ、1人になると寂しいな…」


俺はもう一度ブランコに座って
ため息をついた。


結局、俺だけ帰れずにいるな。


公園は、夕焼け色に染まっていた。








「おつかれ!」

ほっぺたに急に冷たい感触が走った。

「つめたっ!」

後ろを振り向くと彼女が缶ビールを片手に笑っていた。


「…どうして、ここにいるのがわかった?」


「ケンちゃん、近所中で噂になってるよ!

缶蹴りがめちゃくちゃ下手なスーツ着た男の人がいるって。」


彼女は、笑いながら言った。

缶蹴りに夢中になり過ぎて
近所の人に見られていたことに気づかなかった。


「なんで、その男が俺だってわかったんだよ?」


「だって、ケンちゃん。
昔から缶蹴り超下手で、いつも鬼のままだったじゃん。すぐケンちゃんのことだってわかったよ」


「そうか…そういえば、子供の頃よく缶蹴りして遊んだな」




物思いにふけていると
公園の向こう側の歩道で
同い年ぐらいの夫婦と小さな子どもが
幸せそうに笑って歩いていた。





「ごめん…


俺、一生お前にウエディングドレス着せれないかもしれない。

産まれてくる子どもに自信持って父親だって言えないかもしれない。


夢を追いかけることも
仕事に就くことも
何をやっても俺はダメだった…



缶蹴りすらろくにできない…」



俺は、彼女の前で
ボロボロと涙を流して謝った。





「なに言ってるの?

ケンちゃんは、缶蹴りは下手だけど
蹴られても蹴られても
何度遠くまで蹴飛ばされても
絶対に諦めずに缶を探し続けたじゃん。


今着ているスーツみたいに
どれだけ泥だらけになっても
何度だって缶を探しに行ってたじゃん。


何度でも立ち上がる姿が
かっこよかったから私、ケンちゃんに惚れたんだよ。


諦めた顔は、ケンちゃんらしくないよ…」





俺は、涙を拭いて
彼女に渡された缶ビールを一気に飲み干した。




「よしっ!これが最後!
もうビールに逃げるのはやめだ!

明日の面接もボコボコに蹴られて蹴られて蹴られまくってやる!


どれだけ蹴り飛ばされようが
30才で職歴なしの男は会社にいらないと言われようが何度だって立ち向かってやる。



それが、俺の履歴書に書ける唯一の長所であり特技だ!


そして、
絶対に俺達の幸せを見つけてやるからな。



産まれてくる子に
推しだって言われるぐらい
カッコいい父ちゃんになってやる!

犬に高級な皿を割られても
許してあげられるぐらいにたくさん金を稼いでやる!


老後に夫婦でマダガスカル式健康法ができるぐらい、いつまでも家族で元気いっぱいに生き続けてやる!



よっしゃあー!!
俺はやってやるぞー!!」




「ふふっ、なにそれ」



俺は、平日の夜の公園で
バカみたいに真っ直ぐな目標を叫んで、彼女と家に向かった。



帰り道で
中学生とそのお父さんが仲良くテレビに向かってペンライトを振っているのが見えた。

爺さんが奥さんと笑いあってで奇妙な動きをしているのが見えた。

サラが高級そうな皿に盛り付けられたご飯を美味しそうに食べているのが見えた。



俺は泥だらけで汗だくなお似合いのスーツを着て微笑んだ。










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