【2分小説】おかえり
俺は地元が大嫌いだ。
なぜなら何もないからだ。
オシャレなセレクトショップもない。
美味しいコーヒーが飲めるスタバもない。
夢や希望が詰まった高層オフィスビルもない。
こんなとこにいるとちっぽけな人間で終わっちまう。
できることなら一生地元になんか帰りたくない。
ところが、今回実家に置いていたこち亀がなぜか無性に読みたくなってやむを得ず帰ることにした。
もう1度言うが本当に帰りたくない。
決して
仕事中、取引先のお偉いさんのカツラを転んだ拍子にはたき落としてしまい、しこたま上司に怒られまくったから地元に帰ってきたわけではない。
決して大都会で作った傷ついた心を
こんなクソ田舎に癒しに来たわけではない。
決して俺は今、あの時のことがフラッシュバックして涙目をしてるわけではない。
こち亀が読みたくなって
何もなくてつまらない地元に帰ってきてやってるのだ。
そう、俺は威勢良く都会でビッグな男になると言っておきながら泣きべそかいて地元に帰ってきたわけでは断じてないのだ。
そんなことを考えながら
地元のほとんど誰もいない寂れた商店街を歩いていると前から妊婦が歩いてきた。
その妊婦は俺を見るなり、嬉しそうに手を振ってきた。
「あ!リョウくんじゃん!
久しぶりだね」
…最悪だ。
誰にも会わずに地元にこっそり帰るつもりだったのに、知り合いに会ってしまった。
しかも、よりによって初恋の相手である
オオタワラさんだ。
最後に会ってから10年も経つのに相変わらず美人である。
「お、オオタワラさん、久しぶりだね!
お腹赤ちゃんいるんだね?」
俺はオオタワラさんが妊婦になっていることに複雑な気持ちを抱いたが、バレないようにいつも通り話した。
「うん!そうなの!
やっぱり赤ちゃん産むのは慣れ親しんだ地元がいいかなと思って里帰り出産することにしたの」
オオタワラさんは嬉しそうに話した。
「あれ?リョウくんは都会でビッグになるって言ってたけどその後どう?
俺は誰よりも輝いてみせるって言ってたよね?」
オオタワラさんが全く悪意もなく澄みきった瞳をして聞いてきた。
「誰よりも輝けてないどころか、むしろ取引先のお偉いさんを物理的に輝かせてしまった」なんて返答が俺から返ってくるなんて思ってもいない顔だ。
オオタワラさんのピュアな瞳に耐えられなくなって、
俺は【お腹痛い痛い作戦】でトイレに逃げようとした。
「イタイイタイイタイ!!!」
そう!いい感じだ!
素晴らしい迫真の演技だ!!
あれ?
今のは俺の演技じゃないぞ。
目の前でオオタワラさんがお腹を抑えて苦しそうにしていた。
「え?大丈夫!?」
「…もしかして陣痛かも…予定日はまだなのに…イタイイタイ!!!」
ヤバいヤバい。
どうしようどうしよう。
そうだ、救急車だ。
俺はすぐに携帯を取り出して救急車を呼ぼうとした。
ところが何回119を押しても繋がらない。
圏外になってる。
どれだけ田舎なんだここは!!
どうしよう、病院までオオタワラさんを担いで行くか?
ダメだ、病院まで遠すぎるし負担が大きすぎる。
くそっ!どうすれば…
俺があたふたしていると
だるそうにタバコを吸いながら新聞配達している男がいた。
元陸上部のタケムラだ。
「おい!タケムラ!」
「お、おお。リョウちんじゃん!
久しぶりじゃん!ビッグになったか?」
「そんなことはどうでもいい!
オオタワラさんが!」
タケムラに状況を説明すると
すぐ理解したようで
急いでタバコを消した。
「大通りから行くと遠回りだから、
すげぇ狭くて車も通れないほどの道だけど
近道知ってるから俺が走って医者呼んでくるよ!!」
タケムラは慌てて病院に向かった。
俺はその間、オオタワラさんを励ましていた。
でも、こんな商店街の隅っこでタケムラの到着を待っているのは負担が大きい。
「あの?大丈夫ですか?」
若い夫婦が声をかけてくれた。
超がつくほどのキレイ好きの元生徒会長のヨネイさんとケチで有名な元サッカー部のキガワだ。
学生時代にヨネイさんに何度も
顔のホクロを汚れだと勘違いされて、のっぺらぼうにされるかと思えるぐらいに名一杯拭かれたことがあった。
キガワは学生時代、大量の鉛筆を持っているのに俺が鉛筆を忘れた時貸してくれなかった。そのせいでテストを白紙で出すはめになった。
そんな過去のことは今どうでもよくて
すぐに状況を説明した。
ヨネイさんは迷うことなくキレイに掃除されているピカピカの新築のマイホームにオオタワラさんを入れてあげた。
キガワは高級タオルをすごい量持ってきて、躊躇無く「これをたくさん使え」とオオタワラさんにかけてあげた。
オオタワラさんは
「今にも産まれそうだ」と大声をあげていた。
俺達、男性陣はデリケートな瞬間なので
外に出された。
男性陣にはやれることがほとんどない、
圧倒的に女性の人手が足りない…
すると、金髪のヤンキー女が蕎麦を届けに来た。
「出前でーす」
誰とでも喧嘩するで有名だった元ヤンのサオトメだ。
俺もサオトメによく喧嘩を売られたが
「俺は実は火星人で、もし殴れば宇宙戦争に発展するかもしれないぞ!」と嘘をついて誤魔化していた。
結局殴られたし火星にいるかもしれない俺の仲間は助けに来なかった…
そんな恨みも今は関係ない。
俺が事情を説明すると目の色変えてオオタワラさんのいる部屋に入っていった。
オオタワラさんの痛みに耐える叫び声が聞こえる。
その後にサオトメが当時の荒れていた頃では信じられないぐらい優しい声で
「オオタワラさん、大丈夫だよ。
絶対に元気な赤ちゃん産まれるよ」と励ましていた。
オオタワラさんのことは女性陣に任せて
俺は元の場所に戻り元陸上部のタケムラを待っていた。
タケムラが病院に行くと向かってから
かなり時間が経っている…
タケムラ…もしかして、あいつ…
マラソン大会の時に
「一緒に走ろう」と言ってきて
最後のゴール直前に裏切り、全力疾走をされたことを思い出した。
そういえば、あいつは土壇場で裏切るで有名だった…
あいつを信じた俺がバカだった。
大嘘つき野郎のタケムラの代わりに
病院に向かおうとした。
その瞬間、遠くから
「おーい!病院の先生を連れてきたぞー!」と男3人組がヨボヨボのお婆ちゃんを騎馬戦のように乗せて走ってきた。
いつも仲悪くていがみ合っていた3人組。
ガリ勉のムラタと
ナルシストのカワイと
ポッチャリのオダだった。
教室で俺の机の近くでよくいがみ合いをしていたから、仲裁に入ってやると
なぜかいつも最終的な怒りの矛先が俺に変わっていた。
そんな仲が悪い3人組が
協力して、汗だくで病院の先生を連れてきてくれた。
「あれ?大嘘つき野郎のタケムラは?」
念のため裏切り者のタケムラのことを聞いてみた。
「タケムラは先生をおんぶして向かってたんだけど、あいつタバコの吸いすぎで体力無いから。
ゲロ吐きながら力尽きて、偶然近くで仕事をしていた俺らに先生を託したんだ」
そうか…
タケムラは裏切ってなかったんだな。
疑ってごめんな…大嘘つき野郎だなんて言ってごめんな…
先生をオオタワラさんが待つ部屋に
急いで連れていき俺達は
外で無事産まれてくれることを祈り続けた。
オオタワラさんの苦しむ声が聞こえる。
「あの…皆さん、どうしたんですか…?」
1人の女性が回覧板を届けに来た。
声が小さすぎていつも担任に怒られて泣いていた元図書委員のカナスギさんだった。
カナスギさんは学生時代
よく俺に手紙を渡してくれたけど
声だけじゃなく字も小さくて読めなかった。
恐らく大きな声でアホな夢を語っていた俺の文句でも書いていたのだろう…
そんなことよりも
カナスギさんに事情を説明した。
カナスギさんは話を聞き終わると
突然、息を深く吸い込み始めて
「オオタワラさん!ガンバレーー!!!」
と大きな声を出した。
ここにいる全員カナスギさんが
大声を出すのを初めて見たのだろう。
みんな鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
でも、あまりにも必死に大きな声で
「ガンバレ!」と言い続けるカナスギさんにつられて1人ずつ1人ずつと大声でオオタワラさんに声援を送り始めた。
「オオタワラさん、ガンバレ!!!」
「オオタワラちゃん、ひとふんばりだよ!!!!」
「オオタワラさん、もう少しだよ!!!」
「フレー!フレー!オオタワラーー!!!」
「オオタワラちゃん、いったれえええええ!!!」
俺も柄にもなく無我夢中で大声を出していた。
「オオタワラさん!ガンバレ!ガンバレ!ガンバレ!
ガンバレええええ!!!!!」
「オギャア!オギャア!オギャア!」
扉の向こうで元気な産声あがった。
「…産まれた!産まれたんだ!」
「やった!!やった!!」
「うおおおおおお!!」
「バンザイ!バンザイ!」
みんな歓声をあげて、ハイタッチしたり抱き合ったりして大喜びをした。
10年以上も会ってなかったとは思えないほど一緒にめでたい瞬間を喜びあった。
元図書委員のカナスギさんに
つい勢いで抱きしめてしまった時
カナスギさんは相当嫌だったのか、
真っ赤な顔をして下を向いていた。
あとで本気の土下座をして
訴えられる覚悟でいよう…
しばらくしてから、
オオタワラさんが赤ちゃんを抱いて笑顔で涙を流しながら出てきて、1人1人にお礼を言った。
「リョウくんもありがとね」
学生時代の頃と全く変わらない笑顔だった。
「…俺は何もしてないよ」
本当に何もしてなかった。
何もできなかった。
バタバタと慌てることしかできなかった。
「みんなから聞いたよ。
あんなに地元のこと嫌って
都会に出ていったのに
地元のみんなの名前と顔を覚えてたんでしょ?
リョウくんがみんなを集めてくれたんだよ」
…俺がみんなを?
「そうだぜ!リョウちん、お前が
あんなに必死に説明してくれたから助けられたんだ」
元サッカー部のキガワが言った。
「そうだな!
学生時代のリョウは、なんか地元のことを毛嫌いしてて取っつきにくかったよな」
元ヤンのサオトメが自分の過去は棚にあげて言った。
「あのリョウがこんな泣きそうな顔して助け求めてきたら、そりゃあ誰もが動くよ!」
元生徒会長のヨネイさんが変顔して笑いながら言った。
「俺らが先生連れてきた時も
すげえ顔で喜んでいたもんな」
「たしかに!
あれ見た時笑いそうになっちまったよ」
「わかるわ、今思い出しただけでも笑えるな」
ガリ勉のムラタとナルシストのカワイとポッチャリのオダがバカにして笑ってきた。
俺は腹がたって怒ろうとした。
すると、産まれたばかりのオオタワラさんの子どもがニコッと笑った。
それを見てみんなが幸せそうに笑った。
赤ちゃんをみんなで見ていると
産婦人科のヨボヨボの先生が腰を叩きながら外に出てきた。
「懐かしいね~。
あんたら全員産まれた時、この田舎で
多くの人達にこうやって祝福されながら
産まれてきたんだよ。
そのあんたらが大人になっても
誰がどこで何をしていても
一人一人がかけがえのない
この田舎の大切な宝さ」
なんだか都会でやらかした俺の悩みは
ちっぽけなものだと感じてきた。
あんなに嫌いだった
オレンジ色の田舎の景色が
今日はなんだかやけに綺麗に見えて仕方なかった。
このなんにもない田舎でも
たまには帰ってきてもいいのかもしれない。
感傷に浸りながら
大きな夕陽を眺めていると
夕陽の向こうからゾンビみたいな歩き方をした男がやってきた。
元陸上部のタケムラだった。