想い出の住む街 第一話
卯月 ― 四月 ―
素晴らしい、朝。
誰よりも早く目覚めたヒミィは、窓に並べてある植木鉢に水をやった。
「いい天気。今日こそは、久しぶりに山の方へ行けそう!」
ヒミィは、早速サンドイッチと飲み物の用意に取り掛かった。
誰にも気付かれずに作るのは、容易な事ではない。
しかし今の所、パパもママも眠ったままのようだった。
「何が、いいかな…」
ヒミィは台所にあった食べ物を、片っ端からパンに挟んだ。
薄く切ったローストビーフにレタス、白身魚のフライにタルタルソース、ハンバーグにとろけるチーズ、茹で卵に茹で海老、苺に生クリーム。
そして、瓶には冷たいハーブティー。
それらをバスケットに入れたヒミィは自分の部屋に戻り、地図、コンパス、双眼鏡、ノートにペン、お気に入りの青いレインコート、その他にも色々な物を用意して全部リュックの中にしまった。
そうしてヒミィが立ち上がった時、窓の外から口笛が聞こえて来た。
「ティムだ!」
ヒミィは慌てて階段を下り、玄関のドアを開けた。
ティムは、飛び出して来たヒミィを見て呆れた顔をした。
「遅い」
ヒミィは、ムッとする。
「僕にサンドイッチを作って来いと言ったのは、ティムじゃないか!」
「まあ、そう怒るなよ」
ティムが、ヒミィを宥める。
ヒミィは、気を取り直して言った。
「朝食は?」
「まだ」
「良かった、ちょっと多めに作ったんだ」
ヒミィは、サンドイッチを差し出した。
「歩きながら、食べよう」
「ああ」
こうして、二人は歩き出した。
ヒミィは甘いものが大好きなので苺と生クリームのサンドイッチを、ティムは甘いものは苦手なのでローストビーフとレタスのサンドイッチを食べた。
「今日は、雨が降る」
突然、空を見上げながらティムが呟いた。
「えっ?」
ヒミィが、驚いた顔をする。
「だって、晴れてるよ。まあ、一応レインコートは持って来たけどさ」
「この前、ママに買ってもらったヤツか?」
「そうだよ、気に入ってるんだ」
ヒミィがニコニコしているのを見て、ティムは肩を竦めた。
「あ、そ…」
てくてくと歩きながら二人は街を抜け、橋を渡り、丘を越えて、山道に入った。
「いよいよだね…今日は、見つけるまで帰らないぞ!」
「やはり本気か、ヒミィは…」
一人意気込むヒミィを見て、ティムは溜息をついた。
と言うのも、全ては学校でクラスメイトのセピアから聞いた話が始まりだった。
『僕の父は丁度僕等くらいの頃、この街一帯を隅から隅まで探険して回ったらしいんだ。そんなある日、父は友達と一緒に山の方を探険する事にした』
『山って、この近くの?』
ティムが訊くと、セピアは静かに頷いた。
『そう…父達は朝早く、天気のいい日に出発した。しかし、どう言う訳か午後から雨が降って来た。幸い途中に洞窟があったので、父達は其処で雨宿りしたんだ。だが、それは普通の洞窟ではなかった』
『えっ!どんな、洞窟だったの?』
ヒミィが興味津々で訊くと、セピアは肩を竦めた。
『さあ、其処までは教えてくれなかったよ。自分で、探してみろってさ…僕も父の血が流れているせいか、探険したくてウズウズしてる。だから、いずれは探してみようかなって思ってるんだ。勿論、一人でね』
『えーっ、一人で?』
便乗して自分も行こうと思っていたヒミィは、とても残念そうな顔をした。
溜息をつくティムとヒミィを見比べながら、セピアは静かに微笑む。
『君達は今度の休みにでも、二人で行ってみたらいいよ。もし、興味があるならね』
実際セピアは学校の帰りに色々な場所へ寄り道しているらしく、この街の事にはクラス…いや、学校の誰よりもとても詳しい。
ヒミィの知らない沢山の事を知っているので、ヒミィにとってセピアは尊敬すべき友人だった。
セピアの話を聞いて、ヒミィはすぐにその洞窟に興味を持った。
そして、物臭のティムを無理矢理引き連れて行く事にしたのだ。
一見クールで頑固なティムではあるが、ヒミィが駄々をこねると困った顔をしつつも、しまいには折れてしまうのである。
「大体、怪しいと思わないのか?アイツの話」
ティムの意見に対し、ヒミィは少し強い口調で言い返した。
「セピアは、嘘つかないよ!」
「セピアの親父さんが、嘘ついたかもしれないだろ」
「そ、それは…」
それ以上、ヒミィは何も言えなかった。
すぐに人の言う事を鵜呑みにしてしまうヒミィは、そんな事考えもしなかったのだ。
ただ一途に、不思議な洞窟の存在を信じていた。
「だったら、今日の計画は意味がないよ…」
「だから、言ってるんだろう?」
ティムに言われて、ヒミィは再び黙り込んだ。
しかし、ヒミィはどうしても諦め切れない。
「じゃあ僕、一人で行くよ。要するに、ティムは行きたくないんだろう?」
ヒミィの態度に、ティムは呆れた顔をする。
「本当は、一人でなんか行けないクセに…」
「行けるよ!」
「強がるな、ついてくよ」
それを聞いて、ヒミィは内心ホッとした。
ただでさえ、物臭なティムをやっとの思いで引きずって来たのだ。
此処で帰られては、ヒミィとしてもたまったものではない。
それに、本当は一人で行くのはちょっぴり怖くもあった。
こうして二人は、黙々と歩き続けた。
「ほら見てよ、ティム。僕達の街が、あんなに小さく見えるよ」
どれくらい歩き続けたのか、ふと景色を見渡すとヒミィ達の街はとても小さく見えた。
「洞窟なんて、何処にもないじゃないか」
「まだ、ないと決まった訳じゃないよ」
「でも、もう頂上が見える」
ティムの言う通り、頂上はすぐ其処だった。
注意深く歩いて来たつもりなのだが、洞窟らしきものは全くなかった。
目に入るものと言えば、そよそよと心地良い風に揺れる木々の緑と色とりどりの花だけ。
「取り敢えず、頂上でお昼にしよう」
ティムの言う事に黙って頷いたヒミィは、頂上へ向かって再び歩き始めた。
そしていよいよ頂上に着くと言うその時、二つの人影が見えた。
「誰か、いるようだな」
ティムが呟く。
ヒミィが走って頂上へ行くと、見知った顔が二人ベンチに腰掛けていた。
「アーチ!ネオまで…ど、どうしたの?」
それは、アーチとネオだった。
二人とも、ヒミィとティムのクラスメイトだ。
ヒミィの質問に、アーチが答えた。
「どうしたの、じゃないよ!僕等に内緒で、勝手に行動しちゃってさ!セピアが言っていた洞窟を探しに来たんだろう、君達は。だから、僕もネオを連れて来たんだ」
「内緒になんか、してないよ。まさか、君達まで興味を持つとは思わなかったんだ」
「それは、こっちの台詞。まさか臆病ヒミィと物臭ティムが、こんな事に興味を持つとはね……」
アーチの厭味に、ヒミィは不機嫌顔で返す。
「臆病は、余計だよ……ところで、お昼は済んだのかい?」
それを聞いて、途端にアーチはお腹を押さえた。
「それが、まだなんだよ。もう、ペコペコさ」
「良かった。じゃあ、一緒にお昼にしようよ」
四人は、ヒミィの作ったサンドイッチを食べる事にした。
多めに作って来たサンドイッチは、あっと言う間になくなった。
休みがてら今後の予定を話し合っていると、何やら空の雲行きが怪しくなって来た。
「やっぱり、雨が降る」
ティムが、空を見ながら呟く。
「チェッ、ティムの予想は当たりか。あんなに、晴れてたのにな」
ガッカリするヒミィを見ながら、ネオは立ち上がって皆に言った。
「酷くならない内に、帰った方がいいかもしれないね…」
その意見に賛成し、四人は仕方なく帰る事にした。
歩きながら、ヒミィは洞窟の事を考えていた。
本当は、今日見つけたかったのに…心の中で、ヒミィはそう思った。
するとポツリ、またポツリと雨が頬に当たった。
「雨だ…急いだ方が、いいんじゃないか?」
アーチが、空を見上げながら呟く。
ヒミィは慌ててバスケットを地面に置き、リュックから青いレインコートを取り出した。
「待って、レインコートを着るから」
「ヒミィ…そんな事をしている間に、大降りになってしまうよ!君はいいかもしれないけど、僕等は何も持っていないんだからな!」
苛々しながら、アーチが怒鳴る。
「ごめん、でも…」
「僕等は、先に行っているからな!行こう、二人とも!」
アーチは痺れを切らして、走り出した。
ティムとネオも、ヒミィの方を振り返りながら渋々走る。
ヒミィは急いでレインコートを着ると、三人の後を追った。
「おーい!皆、待ってよ!」
後ろを振り返ったアーチが、尚もヒミィに向かって怒鳴る。
「どうしていつもそうなんだ、ヒミィは!もうちょっと、しっかりしてく…」
その時だった。
「うわぁーっ!」
後ろを向いたまま走っていたアーチは雨のせいで足を滑らせ、何と崖の下へと落ちてしまったのである。
『アーチっ!』
三人は下に向かって叫んだのだが、下の方は霧がかかっていてよく見えない。
「ど、どうしよう…」
ヒミィが焦っていると、ティムが何かを見つけた。
「これを伝って、取り敢えず下に行こう」
壁伝いに、木の枝や丈夫そうな蔦が絡まっている。
ティムの指示にヒミィとネオは黙って従い、三人はゆっくりと崖を下りて行った。
しかし皆が思っていたほど崖は深くなく、すぐに下に着いてしまった。
「ま、この程度の高さなら、落ちても捻挫で済みそうだな」
ティムがそう言うと、ヒミィはキョロキョロしながら叫んだ。
「アーチーっ!アーチーっ!」
「此処だよ…」
霧でよく見えなかったが、アーチはすぐ側の茂みに座っていた。
「だ、大丈夫?怪我はない?痛い所はある?」
ヒミィはすぐさまアーチの元へ駆けて行き、心配そうに話しかけた。
「はぁ…ヒミィ、君ってヤツは…」
今にも泣きそうなヒミィを見たアーチは、溜息をつくと笑って言った。
「ヒミィ、悪かったよ。君の事をバカにしたせいで、罰が当たったらしい」
「もう、アーチってば何言ってるんだよ。バカにされるのなんか、慣れてるさ。そんな事より、早く僕の肩に掴まって!」
「…有り難う」
アーチはやはり捻挫したらしく、足を少し痛めたようだった。
「痛い!」
「ゆっくりでいいよ」
ヒミィに支えられて、アーチはちょっとずつ歩き始めた。
しかし、雨はどんどん強くなって行く。
「これじゃあ、上へ戻るのは無理だな」
ティムが、崖を見上げて呟く。
四人は、何処か雨宿り出来る場所を探す事にした。
苔と草の生えた、道とは言えない道をひたすら進んで行くと、突然ネオが言った。
「ねえ、あれ…洞窟じゃないかな」
三人が、ネオの指差す方向を見る。
霧の向こうの草場の陰に、岩で出来た洞窟が見えた。
「まずは、彼処で雨宿りだな」
ティムがそう言うと、アーチが足を押さえながら呟いた。
「あれが、例の洞窟だったりして…」
四人は洞窟の中に入り、雨が止むのを待つ事にした。
「益々、酷くなってるな」
ティムが、空を見上げて言った。
アーチは足を動かしながら、痛みで顔を歪めている。
「そうだ、薬草と包帯を持って来たんだ。手当てしよう」
ヒミィはリュックの中から薬草と包帯を取り出すと、アーチの足の手当てに取り掛かった。
「ほんと、ヒミィは色々な物を持っているんだな」
アーチは、そう言って笑った。
「まあね」
ヒミィも、得意気だ。
すると、突然ネオが洞窟の奥を指差した。
「ねえ、あれ…光じゃないかな」
三人は、一斉に洞窟の奥を見た。
微かな光が、少しずつこちらへ近付いて来る。
「誰だ!」
ティムは、奥に向かって叫んだ。
ティムの声が、洞窟内にこだまする。
しかし返事のないまま、光はどんどん大きくなって行った。
そして、何と四人の前で止まったのだ。
「あ…」
ヒミィは口を開けたまま、その光を見てとても驚いた。
「あれ、皆…どうしたんだ?」
光の主も、四人を見て驚いている。
それは、ランプを持ったセピアだった。
「何だ、セピアか…」
ティムは、ホッと胸を撫で下ろした。
「セピア、何でこんな所に?」
アーチが訊くとセピアはランプを置き、腰掛けて答えた。
「僕は勿論、父の言う洞窟を探してこの山に来たのさ。恐らくこの洞窟がそうじゃないかと思って、一人で調査していたんだよ」
それを聞いて、四人は顔を見合わせた。
「で、でも、よく此処が分かったね。僕達は朝からずっと探していたのに、洞窟らしきものは全く見当たらなかったんだよ?」
ヒミィがそう言うと、セピアは軽く微笑んで皆を見回した。
「なあ…君達はもしかして、山道をただ歩いて来ただけなんじゃないのか?あの山道は、人が歩く為に舗装された道だ。そんな所に、自然の洞窟がポッカリと口を開けている訳ないだろう?だから、僕は最初から裏道を選んで歩いて来たんだ。そうしたら、此処もすぐに見つかったよ」
四人は、再び顔を見合わせた。
「セピア…君って、何て頭がいいんだ」
ヒミィは感心しながら、尊敬の眼差しでセピアを見つめている。
セピアは、笑って言った。
「それくらい、探険家の常識だよ」
ヒミィは改めて、セピアに対する尊敬の念を覚えたのだった。
「ところでアーチ、足どうしたんだ?怪我でも、したのかい?」
「ああ、ちょっと崖から落ちてさ。捻挫したらしい」
アーチが沈んだ声で言うと、セピアは呆れたように溜息をついた。
「バカだな、また勝手な行動取ったんだろう」
「またとは何だ、またとは!と、言いたい所だけど…今日は、敢えて否定はしないよ」
と、アーチは肩を竦めた。
「それでセピア、奥見て来たんだろう?どうだった?」
ティムが訊くと、セピアは首を横に振った。
「いや…それが、奥は複雑な分かれ道になっていてね…出られなくなると困るから、引き返して来た所さ」
「分かれ道か…どうする?」
ティムは皆に意見を求めたが、誰もが黙ったままだった。
其処で、ヒミィは立ち上がった。
「僕は、行きたい。どれか、一本に絞って行こうよ」
「じゃあ、こうしたらいい。僕は足も痛むから、此処に残る。君達は、奥へ行けよ。それで、いつまでも君達が戻って来ないようだったら、僕が何とか足を引きずってでも助けを求めに行く」
「そうだな。じゃあ、遅くならない内に早速出発しよう」
アーチの提案に、セピアが賛成する。
皆も頷いたので、四人はアーチを置いて出発する事にした。
アーチが皆に向かって叫んだ言葉が、静かに洞窟中に響き渡る。
「気を付けて!」
まずは、一本道をひたすら真っ直ぐ歩いた。
やがて道はクネクネと曲がって行き、ついに分かれ道に差し掛かった。
「此処か」
ティムはそう呟いて、あちこち見回している。
「僕は、取り敢えずこっちの左の道を進んでみたんだ。だけど、途中でまた分かれ道にぶつかってしまった。だから、戻って来たのさ」
そう言って、セピアは肩を竦めた。
すると、突然ネオが真ん中の道をジッと見据えた。
「ねえ、この道…何か、音が聞こえない?」
「音?」
ヒミィは真ん中の道に近付いて、耳を澄ませてみた。
確かに、何か聞こえる。
「行ってみるか?」
ティムが、訊く。
三人は顔を見合わせたが、此処は先に進むしか道はない。
「じゃあ、行ってみよう」
セピアはそう言ってランプを翳し、前へ進んで行った。
三人も、後に続く。
奥に進むにつれ、その音ははっきりと聞こえるようになった。
「これ、水の音じゃないかな」
ネオが呟く。
「確かに、水の音だ。こう、底から湧き出て来るような…」
セピアがそう言った途端、ネオが叫んだ。
「ねえ、あれ見て!」
何と言う事だろう。
目の前には、ターコイズブルー色に輝く光のイルミネーションが広がっていたのだ。
「これは…」
流石のセピアも、言葉を失う。
濡れた岩肌は一面光のベールに包まれ、洞窟内の筈の頭上にはまるで満天の星空が広がっているかのようだ。
ネオは、ハッとして言った。
「ねえ、これ…光の泉だよ」
「えーっ、光の泉っ?」
ヒミィは、ひたすら驚いている。
「図書館の神話大図鑑で、見た事がある。光の泉って言って、かつて世界は綺麗な水で溢れていた。旅人達や動物は皆譲り合って、水源を大切にしていた。感心した神は褒美として、水源の一つを光の泉に変えた。光の泉の水は、悩める者達の体調を万全にする効果があった」
三人は、黙ってネオの話に耳を傾けている。
「やがて旅人達や動物は争いながら、光の泉の水源を奪い合うようになった。悲しんだ神は誰にも気付かれぬよう、洞窟の奥深くに光の泉を御隠しになられたと言う。以降、その光の泉を見た者は誰もいなかった…」
「何だか…悲しい物語だね…」
ヒミィが、眉を顰める。
セピアは頷きながら、辺りを見回した。
「そう言えば、僕もその本を読んだ事を思い出したよ…じゃあ、この空中で光っているのはこの光の泉の飛沫と言う訳か…」
ネオの語った神話の通り、真ん中には神聖なる泉が広がっており、透明に澄んだ光り輝く湧き水が飛沫を上げて溢れ出ていた。
「まるで光の楽園だな、此処は…君の親父さんも、いい場所を見つけたじゃないか」
ティムが呟くと、セピアはこの間の話の続きをし始めた。
「実は父達がこの洞窟を見つけた時、友人の一人がこの泉の水を瓶に詰めて、持って帰ったらしいんだ。でも家に帰って見てみたら、さっきまで光り輝いていた筈の水はただの水になっていた。もう一度この洞窟を探したが、二度と見つからなかったらしい」
「神話みたいに自然を奪うような事、するからだよ」
ヒミィがそう言うと、セピアも頷いて同意した。
「ヒミィの言う通りだ。こんな綺麗な場所、僕達が荒らしてはいけないんだ。この光景を、目に焼き付けて行こう。その記憶を、家に持って帰ればいいんだよ。そうすれば、いつかまた此処へ来る事が出来るかもしれない」
「うん、そうだね…本当は、アーチの足が治ればって思ったけど…」
光の泉を見つめながら、ヒミィは残念そうな顔をする。
「大丈夫。アーチは怪我をしているくらいが、丁度いいよ」
ネオの思わぬ発言に、吹き出す三人。
「言うなあ、ネオ…感心した」
本気で感心するティムの背中を小突きながら、セピアは言った。
「じゃあ…そろそろ、帰ろうか」
こうして、四人は元来た道を戻って行った。
「あ、こっちこっち。遅いよ!」
待ちくたびれた様子で、アーチが手を振っている。
「待たせたな」
ティムはしゃがむと、アーチの肩をポンと叩いた。
「痛っ…ティム、足に響くからやめてくれないかなぁ」
「わざとやったんだ」
「なっ…」
悔しそうな顔をするアーチを見て、皆が笑う。
「雨、止んだみたいだね。今の内に、帰ろうよ」
ヒミィがそう言うと、アーチはセピアに支えられて立ち上がりながら訊いた。
「それで、奥はどうなっていたのさ。此処が、セピアの父さんが言っていた洞窟だったのか?」
しかし、皆は顔を見合わせて微笑むだけだった。
アーチは、訝しげな表情を浮かべる。
「何か、隠しているだろう…と言う事は、此処がそうだったって事?」
「ああ、そうだ」
頷くティムを見て、アーチは嬉しそうに自分を支えるセピアを見た。
「やっぱり!それで?一体、どんな洞窟だったのさ!」
「何とも、説明のしようがないな。とてつもなく、素晴らしい洞窟だった。美しい光景が、僕達の目の前に広がって…帰ったら、父に自慢するよ。きっと、驚くだろうな」
「そんなんじゃ、分からないよ!」
納得出来ずにいるアーチを見ながら、皆は再び微笑んだ。
洞窟の外へ出た途端、ネオが空を指差した。
「ねえ、あれ見て!」
「うわぁ、虹だ!」
ヒミィも、空を見上げて叫ぶ。
何と雨上がりの空に、大きな虹が出ていたのだ。
「虹なんて、久しぶりだな」
ティムも、虹を見て微笑んでいる。
洞窟を出た皆は、清々しい気持ちで家へと帰って行ったのだった…アーチ以外はね。
おしまい
一九九九.六.二〇.日
by M・H
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