北の白い雲 ー癌で死んだ父ー㉔父の遺したもの
幼い頃、肉親の死を想って眠れないことがあっただろう。 漠然とした死への不安は人を憶病な日々へ追いつめてくる。 しかし、どうしようもない事実だ。 ありあまる幸福の絶頂にあっても、困窮の巷にあっても、それは確実にやってくる。 だれも逃げきれたものはいないという。 闇雲におそわれていた幼い頃の日々から、いま現実を見つめるときがきている。 死を冷徹にみつめてみよう。 必ず、有意義に生きろと声がきこえてくるだろう。 生きているものの責任はひとつしかない。 悔いなく生きることだ。
<ミニコミ誌」わからん」編集長>
父とは20年間共に暮らしておきながら、めったに話をすることもなく、お互いを知らなかった。
父の最期の1年はめまぐるしく、ドラマのようでさえあった。
医師を転々としたことは、父の弱さでもあった。
父は、肉体的な苦痛さることながら、精神的に追い詰められていった。
店が売れず、借金も返せない。父の心は袋小路だった。そんな父を母と私は支えることができなかった。それどころか、私は父を嫌悪し冷淡だった。父の側にいながら、私は父を孤独にした。そんな自分の冷たさから目をそらすこてはできない。
現在私は、診療所で半日仕事をしながら、半日看護学校に通っている。
父が病気にならなかったら、私は看護師を目ざさなかっただろう。
父との思い出は少なかったけれど、父は私に大切なものをのこしてくれた。
ミニコミ「わからん」の誌面に連載できたことに感謝します。
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