夏のロックフェス全トケにつき、初参戦を回想する(前編)
ロックフェス。
今や夏の風物詩、日本のカルチャーとして根付いた一大イベント。ギラギラに照り付ける日差しの野外で、音という共通項で集まった人たちと、もみくちゃになって汗や泥にまみれながら、会場に響く生の音に熱を上げ、歌い、騒ぎ、踊る。
そのフェスが今年はコロナの影響でほとんど全部取り止め、全トケとなってしまった。
行ったことのあるフェスが中止や延期を発表するたび、開催されない寂しさと、密集密接を禁じられている状況的にどうしようもないという空しさを感じた。と同時に、頭の中に当時の一瞬、一瞬の記憶がよみがえり、あれは楽しかった、しくじったなどとの思いにふけってしまう。思い出した流れそのままに、フェス黎明期に参戦した「ロックインジャパンフェスティバル2000」について書き記していきたい。
-2000年、夏-
記念受験的に就職試験を受けた新聞社から奇跡的に内定をもらったオレは、残り半年以上の学生生活のモラトリアム期間をどう建設的に過ごそうか、とも考えず、たっぷりある残り時間をバイトと遊びに費やし、雑っぽく日々を消化していた。
その日は土曜日で、いつも通り22時までのバイトを終え、下宿先に帰って一息つき、何気なくテレビのリモコンのスイッチを押した。ちょうど「タワーカウントダウン」の番組がスタートしたところだった。
「タワーカウントダウン」とは、タワーレコードがスポンサーの音楽番組で、その週のCDのセールスランキングを主とした番組編成であった。売れ線やメジャーインディー関係なく独自視点でのCD作品の販売で音楽好きの若者に支持を得ていたタワレコの売り上げを基にランキングしているため、大衆的なCDランキングと性質が異なり、新たなジャンルの注目アーティストやカルチャーを知ることができた。当時、一般のJ-POPと距離を置き、パンクロックをはじめとするロック系に傾倒していたオレは、暇があればその番組を見て最先端の音楽情報に触れるのを楽しみにしていた。
この日、いつも通りランキングが始まるのかと思って見ていたら、テロップで「ロックフェス 入場券 電話予約開始」のような表示が出現した。
んんっ?なんかフェスあるのか?
そのまま番組を見ていると、何やら雑誌「ロッキンオンジャパン」主催のフェスがお盆に茨城県ひたち海浜公園で開催されると発表された。今となっては「フジロックフェスティバル」、「サマーソニック」と並び夏の三大フェスの一つに数えられる「ロックインジャパンフェスティバル」。そのフェスの記念すべき第一回目であった。入場券の電話予約を番組中に受け付けるという。
行きたい。行ってみてええっ!
計画は二の次に、欲求の初期衝動で動き出したオレ。ブラウン管の画面に映し出された専用電話番号を書き写し、開始時間と同時に固定電話とPHSの二刀流で電話をかけまくる。「ただいま電話が大変混みあっており…」と、自動音声につながっては切り、リダイヤルを繰り返す。その最中、PHSに着信があった。
「もしもし。タワーカウントダウン見とる?なんかフェスの電話予約みたいの出とらへん?」
大学の友人のオサムであった。音楽の話をよくする間柄であり、この番組についても2人でランキングを見ては「こいつは〇〇の二番煎じだ」とか「この曲めっちゃ〇〇パクっとるやん」などと、今でいう意識高い系のように批評しながら視聴するのがネタになっており、当然彼もオレと同じくこの番組を見ていた。
「そうやわ。オレ既に電話かけ始めとる。フェス行こうぜ!一緒に電話しようぜ!」
「わかった。ほなオレも電話するわ。取れたら連絡してな!」
突発的に行事を決め、すぐさま電話予約に没頭する。数十分後、回線混雑の自動音声を繰り返していたオレのPHSに呼び出しの無音の間ができた。これは繋がったんじゃないか。興奮する気持ちを押さえ、誤操作のないよう冷静さを保ちながら待ち、晴れて電話予約受付の自動音声のステージにたどり着く。「チケット取れたぞ~!」と喜々とした声色でオレはオサムに連絡、惰性で過ごす最後の大学生活の気だるさを吹き飛ばす出来事がここに決定した。
取れたチケットは3枚。あと一人誰かを誘おうということで、お盆に実家に帰省しない友人を当たり、それとなく音楽の趣味が近いタイヨウが加わった。
愛知県豊田市から茨城県ひたちなか市への参戦。高額なチケット代を何とか捻出するほど金銭に余裕のない3人が決めたスケジュールは、オレが車を出してフェス前日の夜に出発、当日開始時間の昼までに到着してフェスに参加し、終了後そのまま豊田市に戻る、という気力と体力的にもの凄い過酷な0泊3日の弾丸コース。泊まるくらいの金も時間もないから3人交代制で運転すればなんとかなるだろう、と、若気の至りだとしか形容できない、そんな力任せの理由であった。
出発日、学生行きつけの低価格かつガチ盛りの定食屋で存分に栄養を取り、決起集会よろしく気勢をあげてひたち海浜公園へ。パワーウィンドウ機能のないトヨタ・スターレットに後付けで備えたカーステレオ。出演するアーティストのCDをとっかえひっかえして聴きつつ、3人を乗せた漆黒のノーマル中古車はハイウェイのアスファルトにタイヤを切りつけながら暗闇を走り抜ける。
「いや、zeebraのアルバムのこの曲さ、ヒップホップというよりかは演劇じゃんよ。これフェスでやるんかね笑」
「ハスキン初めて見るわー。メンバー3人から4人になったらしいけどどうなんかなー」
「くるり。ってバンド分かる?なんか注目されとるみたいだけど」
「sugar soulとDragon Ashが出るから『garden』演るんじゃね?」
「ラッパ我リヤも出るから『deep impact』もあるよ!あるある!」
などとまだ見ぬフェスに思いを馳せて談笑しながら長距離の静岡を抜け、神奈川を超えて首都高へ。到着するころには空が白み始めていた。首都高まで来たのだからひたち海浜公園まであと少し。3人とも少し油断したのだろう。そこから始まる珍道中。
当時、カーナビなんてブルジョワ階級が使う品だと決めつけ、地図で十分だと搭載もせず、携帯に至ってはPHSを使っているオレ。今みたいにスマホでネット検索すれば何でも解決する時代ではない。ひたすらに道路表示板と分厚い全国地図を頼りにひたちなかを目指し、徹夜明けでもやもやとしてきた頭で朝もやの中を進む。
「なあ…、マサ」オサムが問いかける。
「さっき森ビルを過ぎて行ったけど、また森ビル見えとるぞ。同じ所走ってへん?」
「いやー、森ビルって東京にめっちゃあるんやろ。あれは森ビル21って書いてあるやん。さっきのは数字違うんじゃないか?」頭が回らなかったのもあり、あんまり気にも留めずそのまま進む。
数十分後、
「なあ…、マサ」再度オサムが問いかける。
「今過ぎたの森ビル21やぞ」
「だからあ~。森ビルってめっちゃ…」
「ええっ?21?」
富山生まれパンクロック育ちの田舎者のオレに、花の大都会東京は容赦なく牙を向いて来た。
「ああ~っ。マジで道分からんくなってきた。なんや東京…。tokyo!狂った街いぃ~♪ふぅ。まいった…」
sadsの「tokyo」というまあまあテレビで流行った曲のサビ部分を思わず口ずさむ。焦るべきなのだが、徹マン明けと同じような疲労感に包まれており、正常な判断がつかない。運転を代わってもらおうと、容赦なく車間を詰める都会の洗礼を浴びながらの車線変更に苦心し、どうにかこうにか最寄りのインターチェンジに降り立った。
降り立ったところは葛西臨海公園であった。
「公園違いやんけ。って言うか、もうここでやってよロッキンフェス!」
寝てないことから来る妙なハイテンションで、冗談とも本気とも取れないことを叫び倒し、近くのコンビニで休息を取る。しかし、怪我の功名とはこのこと。たまたま入ったそのコンビニで、いま降り注いでいる危機を解決するアイテムをゲットする。それは「首都高攻略マップ」という地図であった。「攻略」という表記ではなかったかもしれない。しかし、各インターチェンジの出入り口の特徴やイメージ図まで丁寧に掲載されていたため、無理ゲーのファミコンソフトの攻略本を手に入れたような気分になったのは間違ない。
オレは後部座席で横になり、1人が運転、1人がナビ役となって地獄のループを味わった首都高に再度挑む。攻略本の効果が発揮され、オレが目覚めたころには首都高を抜けてひたちなか方面の入り口、すなわち常磐自動車道にたどり着いていた。
しかし、そこから新たな試練が3人を襲う。
今度は事故渋滞で車が一向に進まない。
「誰だよっ!こんなお盆で混み合う最中に事故ったのはあああっ!」
開始時間までのリミットが刻一刻と迫る。焦燥感と脂汗、眠気で全身が不快感に包まれる。仲良く冗談を飛ばし合いながら運転していた3人の間にも無言の時間が流れ始め、やっと発した言葉にも棘を帯びるようになってギスギスし始めた。
「まあ、開始の1組目ってAIRやろ。3人とも良く知らんアーティストやから、次のハスキンまで間に合えばええやろ」
誰が言ったかは覚えてないが、何となくその一言で無理して間に合わせなくてもよいという雰囲気になり、少し心に余裕ができた。そうこうしているうちに渋滞を抜け、最後のサービスエリアで「一本いっとく?」のフレーズで流行したアスパラドリンクをキメてエネルギーを再度チャージし、やっとの思いでひたち海浜公園にたどり着いた。
会場は既に入場が始まっていたが、まだ演奏前だった。
「良かった~。間に合ったあ~」
そそくさと準備を終えて入場手続きへ。チケットと交換したリストバンドを腕にはめる。リストバンドに印字された「ROCK IN JAPAN FES 2000」の文字を見やると、修行のような移動を終え、ついにフェスに参加できるんだという実感が湧いてきた。全身がワクワクした高揚感に包まれて元気がみなぎり始め、3人は勢いよく入場ゲートを駆け抜けたのであった。
後編へ続く。
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