見出し画像

2024年 財政検証でわかった「公的年金の明るい未来像」とは?


特に「共働き夫婦」の未来は明るい!

2024年7月3日、五年に一度行われる公的年金の「財政検証」結果が発表されました。

財政検証とは「公的年金の健康診断」みたいなものですが、「所得代替率 ※」「モデル年金」がその理解を難しくしていました。

※所得代替率:「65歳時点の受取年金 (月額)」 ÷ 「現役世代の平均手取収入 (月額、ボーナス含む)」、つまり年金を受け取り始める時点で所得のどれくらいを代替できるのかを示す指標で、2024年のモデル年金で61.2%。

これらの指標は「過去との比較」の観点では重要なのですが、「モデル年金」「妻がずっと専業主婦」という高齢夫婦世帯を想定しています。

そんな完全片働き世帯「将来の所得代替率の低下予想」は、共働きがメインの若い世帯にはピンと来なかった、それどころか「自分達の年金も減っていく一方だ」などという「あらぬ誤解」を生んでいた可能性があります。

そこで今回の財政検証から、「年代別」「将来いくらの年金を受け取る見込みなのか」が発表される事になりました。元データは40ページもあるので、わかりやすくポイントがまとめられた以下赤と青の折れ線グラフで説明します。

横軸:2024年度末の年齢  縦軸:年金月額(男女平均)
財政検証 モデル年金を超えて 慶應義塾大学 教授  権丈 善一氏(NHK)より筆者にて一部改訂
https://www.nhk.jp/p/ts/Y5P47Z7YVW/episode/te/P5RY7NZNYN/

まずグラフ左側を見て下さい。
今年度65歳になる方の平均年金額は一人あたり12.1万円です。

次にグラフ右側②③は、現在20歳の人が「2069年度に65歳」になる時の年金見込額です。
赤グラフ②は「失われた30年」の経済停滞が更に45年後まで(!)続き、労働参加はそこそこの場合ですが、それでも平均月額は13.6万円微増の見込みです。
一方、青グラフ③は経済成長が順調に進み、労働参加も進展する場合で、平均月額は22.5万円大幅な増額となります。
 ※年金見込額は2024年の物価に換算した価格(=物価上昇率で2024年に割り戻した実績値)

ところで、経済の停滞が何十年も続く「赤グラフ②」の場合でも、年金額が増加見込みなのはなぜでしょう。
それは、下表の通り年金額を男女別にみていくとわかります。
つまり、今後女性の厚生年金の加入期間が長くなり、その結果年金額が男性に比べて大きく増加する見込みだからです。

※厚生労働省 2024年財政検証 資料4-2 を元に筆者作成
https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001270568.pdf

特に経済成長が順調に進む「青グラフ③」の場合、女性は今の二倍以上(213%)にも増加する見込みです。
ついては若い世代、特に共働き世帯の年金像かなり明るい未来なのではないでしょうか。

「厚生年金の適用拡大」が最優先

今回の財政検証結果では、より多くの女性が「厚生年金完備の企業」でしっかり活躍できる環境が整えば、「年金の様々な問題は解決する」という前向きな内容と言えましょう。

そのような環境実現のために、どんな「年金の制度改正」が重要なのか。
やはりそれは「厚生年金の適用拡大」の早期実現です。

現状では「勤務している企業規模が小さい」「労働時間が短い」「非適用業種の個人事業所となっている」などという理由で、勤労者なのに「厚生年金に入りたくても入れない」という不公平な扱いが今でも続いているのです(詳細は補足1参照)。

この不公平を解消するための「適用拡大」なのですが、今までは事業者の反対が根強くなかなか進みませんでした。
ところが最近の「人手不足=労働力希少社会」の中で、適用除外の企業でも厚生年金を任意適用して優秀な人材を確保したい、という事例が増えています(詳細は補足2参照)。

勤労者皆保険」の実現、つまり「全ての勤労者」には勤労者にふさわしい「厚生年金保険」が必要という時代の流れの中で、令和感覚の事業者は適用拡大への理解が急速に進んでいるのではないでしょうか。

あわせて育児や介護と仕事の両立ができるよう、「子育て支援金制度」を始め様々な支援の充実を進める事も重要です。そして、これが最も大切な事ですが、子育てに関して「社会全体の構造・意識を変える」ことが、年金制度が良好な状態で継続するためにも重要となってきます。

年金問題の対応は「前向きな成長戦略」

今回の財政検証は「公的年金の明るい未来像」が提示されましたが、勿論何の努力もなしに明るい未来が保証されているわけではありません

まず「若い世代の所得増加」を中心した経済成長と「勤労者皆保険」を目指し、少子化をこれ以上進行させないための「子育て支援金」などの方策や、女性や高齢者の前向きな労働参加による自己実現など、「努力すべき方向」を国民がしっかり共有する事が重要です。

その実現のためには社会行動規範の見直し、例えば先述の子育てしやすい社会、年長者が若者のチャレンジを応援する社会への進展が必要不可欠です。

つまり年金問題への対応は「前向きな成長戦略」と同じ事なのです。

我々は年金問題について悲観的に、感情的に、直感的に捉えがちです。しかし確たる根拠もない事で将来不安を抱えて日々過ごしても、百害あって一利なしです。まずは年金の現状を正しく理解し、どうすれば制度をより良い形で未来へ引き継げるのか、共通認識をしっかり持つべきではないでしょうか。

(マネーリテラシー総研 代表 尾崎 哲郎)

参考資料:
・ 2024年財政検証(厚生労働省) 資料1 資料4-2
財政検証 モデル年金を超えて 慶應義塾大学 教授  権丈 善一氏(NHK)

補足

1)パート・アルバイトなどの短時間労働者(週20時間以上30時間未満、賃金月額8.8万円以上)に厚生年金が「強制適用」される企業は、従業員数によって決められています。これは「企業規模要件」と呼ばれていて、2016年10月から501人以上の企業、2022年10月から100人以上の企業へと適用先が広がり、2024年10月には51人以上となります。50人以下の企業への適用拡大が今回の年金制度改正の焦点ですが、今でも労使合意があれば「任意適用」は可能となっています。

社会保険適用拡大 特設サイト(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/jigyonushi/

2)労使合意に基づく「任意適用」の現状について

2017(平成 29)年4月より開始した、労使合意に基づく任意の適用拡大に関しては、制度施行以降、対象事業所数・被保険者数ともに増加を続けており、2024 (令和6)年1月末時点で、約 1.1 万事業所において、約 1.2 万人が短時間労働者として被用者保険に加入している 。この制度を活用した企業への調査によると、 活用理由は「従業員の処遇改善、人材の確保・定着を図るため」、「従業員自身が希望していた」が上位を占め、適用後の変化については、労働者の意欲・生産性向上、離職率低下、人材確保等の観点でメリットがあったとの回答が見られた。 こうした点から、任意の適用拡大を進めることは、人手不足対策の一つとなっていることが伺える。 今後の適用拡大を検討するに当たり、ここ数年で人手不足感が高まっていること、最低賃金額が年々上昇していることにも留意する必要がある。従業員に占めるパート労働者の比率を業種別に見ると、「宿泊業・飲食サービス業」、「教育・学習支援業」、「生活関連サービス業・娯楽業」が高く、こうした業種の状況も踏まえた検討が求められる。

「働き方の多様化を踏まえた被用者保険の適用の在り方に関する懇談会」 議論の取りまとめ
(厚生労働省)  https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001270448.pdf

 3)財政検証では、今後の制度改正を検討するための「オプション試算」を発表していますが、「適用拡大」については以下①~④が試算されています。今後は①~④のどこまで進められるかが焦点になります。

※厚生労働省 2024年財政検証 資料1 p5の一部を抜粋https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001270562.pdf

4)今後財政検証に関する様々な報道が展開されると思いますが、「努力すべき方向」の共有について、はなから「出来るわけがない」などと斜に構えて否定から入るだけでなく、その代替案として「過去の終わった議論」を蒸し返す事例が散見されます。注意が必要です。

5)現行の法律では、「モデル年金」の「所得代替率」が「次回5年後の財政検証」までに50%を切る場合には「年金制度を見直す」と定められています。ところが時代の流れで「モデル年金」の「所得代替率」にこだわる必然性は今後なくなっていくと推察されます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?