
「見失ったら森に帰ってきなさい」7年ぶりのスウェーデン旅🇸🇪後編
旅の前編はこちら
ウプサラ駅から列車に乗り込むと感傷に浸るのも束の間、ある違和感に気がついた。車内、めちゃめちゃ暑いかもしれない。夏でも20度前後の日が多かったスウェーデンでは、家庭はおろか公共施設や列車にすらエアコンがついていることは珍しかった。20年前の私はこの国のエアコンにすら関心をもたなかったのだから、地球温暖化は確実に進んでいるのだろう。
窓をあけてなんとか耐えること1時間。風景がビル感を帯びはじめ、いよいよストックホルムの街並みが見えてきた。中央駅には留学時代のホストファザーが迎えにきてくれているのでメッセージを送ると「こちらもついているよ」と返信が来た。無事合流し車でホストファミリー家まで送り届けてもらう。何年も変わらないあたたかい家に、日本から遠いところまできたのに「戻ってきた」という気がして不思議だった。

当時からレイアウトが全く変わらない。
彼らと住んでいたのは10年以上も前のこと。ホストファザーのSはとにかく愉快なお父さん。音楽が大好きで、男性なのになぜかソプラノの声が綺麗でいつも大きな声で歌っていた。ホストマザーのAはフランス語の翻訳家として働き、リビングではいつも分厚い本を読む「知的」という言葉がぴったりのお母さん。いまは別の場所で暮らすホストブラザーはトランペットが得意な優しい性格のお兄さん。ホストシスターは当時から日本文化をこよなく愛し、いまでは東京に住んでいて、よくお互い仕事のぐちなどを言いながらお茶をしている。そんなこんなで10年以上のご縁なのだ。

ホストマザーお手製のミートボールで食卓を囲むと家族全員で目を合わせながら再会を祝す「Skål」(乾杯)をした。スウェーデンでは乾杯をしてグラスを机に置くまで互いに目を合わせないとちょっと失礼だと思われる謎ルールがある。話題は私が大学を卒業して仕事を始めたこと、ホストファザーが最近買った音楽機器が高すぎること、次の大統領選でトランプが当選したら困るなど、この7年で起きたことをとりとめもなく話した。11時になり、移動でクタクタだった私たちはシャワーを浴びてすぐに眠った。
翌朝、8時半に起きる。SとAはすでにリモートワークを開始していた。スウェーデンでもコロナ禍でリモートワークが浸透し、いまはリモートワークと出社の半々らしい。このあたりの感覚は日本とあまり変わらないんだなと思った。午前中は特にすることもなく、リビングで新聞を読んだり、庭になった大量のりんごを食べたりして大人しく過ごす。

Sの作ってくれたサラダで軽いランチを済ませて午後は街に出た。久しぶりのストックホルムのメトロにワクワクが止まらなかった。スウェーデンの電車の好きなところは脱毛や整形などの広告がないところだなと思う。逆に日本にくる友人から「日本は踏み込んだ広告が多すぎるよ」とクレームを受ける。その通りだ。中央駅周辺をひととおり散歩し満足した私はとある場所へと向かった。

*
2012年夏。日本を離れ、ストックホルムにあるサドラ・ラティンズという高校に通っていた。濃いオレンジ色のレンガでできた校舎は、公立高校とは思えない迫力で「そびえ立つ」という言葉がふさわしい。それ以上に驚いたのが、日本の大学のように専攻が分かれていること。各棟では、物理化学・政治社会・言語学・美術・演劇・音楽・ダンスなどの学生が勉強していた。地元でも優秀な学生が出願するらしく留学生が入れたことは奇跡らしい。

この高校で学んだことは数えきれない。楽しい思い出もあれば苦労した記憶もたくさんある。日本では得意だと思っていた勉強も歯が立たなかった。けれど自分で選んだ道を正解にするためには目の前のことをやるしかないわけで。朝まだうす暗い道を歩いて学校に向かったあの日々のことを、今度またゆっくり書こうと思う。

毎朝この裏階段を3階まで登った。
スウェーデンの高校は日本と比べると何もかもが自由だった。しかし自由であることを裏返せば、生徒自身が勉強の進捗を管理することも意味する。勉強が不十分で落第するときは、お情けなしにそのまま落第する。ゆるいように見えてある意味日本の学校より厳しかったのかもしれない。

帰り道によく服を買った。
翌日、日本との寒暖差で見事に体調を崩しベッドで寝込んだ。辛いときに頼りになるのはお笑いだけなのでひたすら令和ロマンのYouTubeを観る。部屋をコンコンする音がしたので開けるとSが朝食を作ってきてくれた。なんてありがたいのだろう。じっくり噛みながら確実に栄養素を身体に送り込んだ。

誕生日じゃないのにごめんなさい。
*
次の日、軽やかに復調。スウェーデンで丸一日過ごせる最終日。この日は高校時代の親友Jに会うことになっていた。Jは「こんにちは」と「ありがとう」しか言えなかった私に最初に話しかけてくれ、どんなに拙くても言葉の本質を見抜いて会話をしてくれる賢い子だった。駅で再会すると、あれから10年以上も経っていることが嘘のように感じられた。
Jは大学院で環境学を学んでいる。スウェーデンは環境先進大国なので、さぞ期待されるだろうと返事をしたら「スウェーデンも変わった」とJは続けた。近年の戦争と移民難民の多さからEU全体が右傾化し、それにつられてスウェーデンも右傾化が止まらず、環境問題や人権問題をおいて経済政策を優先すると政府は話したそうだ。遠くにいては、スウェーデンなら大丈夫と安心していては、何もわかっていないんだと痛感する。

*
そしてあっという間に日本へ戻る日になった。帰国前にSが森に散歩に行こうというのでついていくことに。秋と呼べるくらいに外は十分に寒くレインジャケットを重ね着し、あたたかいコーヒーを水筒に淹れて出かけた。それから1時間以上は歩いただろうか。私とSはポツポツと言葉は交わすけれど、足場のわるい森では足元に十分集中しなければならない。いつしか頭のなかが「歩くこと」だけでいっぱいになった。なんだか久しぶりの感覚だった。
僕は最近、この森に毎日来ていたんだとSは話した。その顔は私が知っている「父」としてのSではなく一人の人間として私に話しかけているようだった。頭も気持ちもいっぱいになるときがある。どうしようもなくなったとき、ただ歩いていることだけに集中すると少し気が楽になったという。東京にも森はあるかと聞かれたのでこんなに大きいのはないよと返した。
それから二人でブルーベリーをいくつかつまみ、コーヒーと一緒にして食べた。広く深い森で、たった二人だけがそこに座っていた。9歳でスウェーデンに恋をした自分に「ここで間違いなかったね」と伝えた。

スウェーデンは君のホームだから。by S
長い旅行記を最後まで読んでくださりありがとうございました。私の半径数メートルから切り取るスウェーデンの景色が少しでも面白かったらうれしいです。また書くのでまた読んでね。🇸🇪