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月曜日の図書館6 虫に歩み寄る

返ってきた本から大量に小さいゴキブリが出てきたらしい。本はすみやかにビニル袋で密閉された。第一発見者のS田さんはふるえている。この事実を目撃したからには、次の人に貸すのは無理だろう。
世の中には、こちらの想像を超える読書環境がある。

緑豊かな公園が近いからか、館内に虫が入ってくることはよくある。利用者から通報を受けたときのために、事務室には虫取り網が常備してある。勉強していた女の子から、不安なので手元に置いておきたい、と言われて貸与したこともある。

公園でお昼を食べていたら、ふとしたすきにカラスにパンを盗られてしまった。次から次に群がってきて、5秒もかからず食べ尽くしてしまう。
がつがつしたら恥ずかしいとか、太るから少し残そうとか、野生にはそんな発想は全然ないのだなあと思う。

事務室の床をててて、と横切る影があり、さっきの残党か、と思って見てみるとコオロギだった。S田さんは虫が苦手だから、小さいゴキブリとコオロギの区別がつかなかったのだ。
コオロギならいいのでは、と提案するも、その場にいた人たちからの反応は芳しくない。わたしの中ではもう、あの本を借りていた人は、ゴキブリの這う不衛生な家に住む人物ではなくて、飼料用コオロギで生計を立てている行商人のイメージに変わっている。
うちのカエルもコオロギ食べてるよ、全然平気だよ、と言ったら逆効果だった。

Dは学生の頃、ど根性ガエルの故郷近くに住んでいて、毎年夏になるとあたり一面カエルだらけになっていたらしい。

カエルに満ち満ちた青春時代。

S村さんが忌引きで早退したため(おばあさんが亡くなった。ちなみに2年前にもこの同じおばあさんが危篤だということで)わたしが代打で受け入れ作業をすることになった。
この作業、わたしはとても嫌い。K氏から受け取った本に蔵書印を押してバーコードを貼っていくのだが、単純作業ゆえに意識がもうろうとして押さなかったり貼り忘れたりするのだ。
手すりを這う虫の図鑑に行き当たったとき、かわいいね、と言うと、K氏は、あなたが虫をかわいいと思っていることは伝わるが、その思いに共感できる人は多くはないだろう、としごく公正な感想を言った。わたしが法水麟太郎は作家の名前だと思っていた、と言っても馬鹿にしなかった。
K氏は今ラテン語の勉強をしている。家で発音の練習をしていたら、子どもまでたどたどしくラテン語を話し出したそうだ。今に二言語を操る天才児になるやもしれない。

コギト・エルゴ・スム!

レタスにくっついていたイモ虫を飼ったことがある。イモ虫たちはレタスをもりもり食べ、たくさんうんこをしてサナギになり、そしてそれっきり、二度と目覚めなかった。
はらぺこあおむしはサナギになった次の瞬間には、もうあっさりきれいな成虫になっていたが、実際はサナギから羽化するまでにこそ乗り越えなくてはいけないものがたくさんあるのだろう。それまでの生きざま、嘘をつかなかったとか真面目に勉強したとか、そうやってコツコツ貯めたポイントが、たぶん一切使えない類の試練。
イモムシハンドブックで調べてみたが、色もうんこの形も似たようなのがいっぱいいて、特定できなかった。

単純作業さえまともにできないわたしだが、虫を捕るのはうまい。利用者に呼ばれる度、虫取り網を携えて現場に向かう。捕った虫は、殺さずに公園で逃がしている。

朝、出勤したら机の上にセミの抜け殻が置いてあったことがある。犯人は課長で、野外清掃のときに見つけたらしい。止まっていた小枝ごともいで、ペン立てに挿してあった。

N本さんがクマゼミを素手で捕まえて見せてくれたときは、まぶしくて、かなわないな、と思った。

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