月曜日の図書館3 くうねる、まとう
おじさんの背中に、まるい木枠がはまっている。気になって調べたら刺繍枠というのだそうだ。ポロシャツに刺繍枠をくっつけたまま、図書館をうろうろするという状況は、一体どうやったら発生するのか。おじさんは刺繍枠の存在なんか、全然何でもないような顔をして棚を見ていた。
K氏が福祉局とコラボして行った自殺予防の展示のことが、新聞に載る。記事を見たDが開口一番、シャツのすそが出てる、と言う。展示してある本を憂い顔で手に取るK氏のズボンからは、確かにシャツがはみ出ていた。ここの図書館で働き始めて以来、K氏は過労でどんどんやせていき、極限までベルトを締め上げてもズボンが下がる、と言っていた。くつひももよくほどけていた。あまりにいつ見てもほどけているので、とうとうある日係長が「ほどけないくつひもの結び方」のページをコピーして渡していた。K氏は大学生のとき良いスニーカーが買えるお店を教えてくれた友人のマモルくん(今は外交官をやっている。笑顔がさわやか)がいかにすばらしい人格であるかを熱く語ってくれるのだった。
寝ているおじいさんのいびきがうるさい、という苦情が入り、T野さんが様子を見にいくと、おじいさんはもう起きていて、代わりに近くにいたおばあさんがおまんじゅうを食べていたそうだ。
図書館に入りたての頃、研修でブックトークを実演してくれたT野さんのスカートとくつ下が、しみじみかわいらしくて、わたしはここでずっと働くのだ、と思った。
燃えるごみ袋をセカンドバッグとして使っている人が、一定数いる。
前にいた図書館の係長はとても怖かった、遅刻しても失敗してもめっちゃ怒った、という話をしたら、DがあんなTシャツ(たぷの里のこと)を着るからだ、とまた蒸し返してくる。
そうではないのだ。あの頃は自分でもよく分からないぼんやりした服ばかり着ていたから、いつも裸も同然の気持ちがしていた。塩を振られたらたちどころに溶け消えてしまいそうだった。
今は、何が好きで嫌いかを分かっていて、自分に自信があるから、怒りに当てられても、17パーセントくらいはバリアで防御できる。
K氏はときどき奥さんのズボンをはいてくるときがある。着る服を決められなくて、近くにあるのをついはいてしまうそうだ。
かつて図書館にも制服があったが、財政難でエプロンのみになり、わたしの代でそれも廃止されてしまった。もう一度導入されたらどうだろう。奥さんのズボンをはき間違えることはなくなるだろうが、せっかく張ったバリアは壊れてしまうかもしれない。
有松絞りのエプロンを制服にしたらご当地感が出ていい、という案もあったが、財源がないので机上の妄想で終わっている。
館内整理の日、Dは『ぼくのくれよん』のぞうさん柄Tシャツを着てきてみんなを絶句させた。子どもとおそろいなのだそうだ。
あの絵本はとんでもないよ、とDは言う。結末がやばい。あの絵本に影響されて、うちの子も出てったらどうしよう。
T野さんは、就活の時、とうとう一度もスーツを着なかったそうだ。今の子たちが着てる黒いあれ、もともとは葬式に着ていくものだよ。
ぞうは、くれよんで好きなものをどんどん描いて、他の動物たちからめっちゃ怒られるが、別に気にするわけでもなく、動物たちもそれ以上深入りするわけでもなく、最後にぞうはもっと描きたくて、旅に出るのだった。
お気づき箱には日々さまざまな苦情が寄せられるが、職員の身なりに関することは、不思議とない。
着用を義務づけられていたという、30年くらい前の、ものすごく肩パッドが主張しているブラウス(倉庫を大掃除して発見され捨てられそうになった)を、いつか使うときがくる、と思ってわたしはロッカーの中に隠し持っている。