月曜日の図書館48 ランゲルハンス島で自習を
うごめいている気配が2階にいても伝わってくる。数秒後には、ここも人が押し寄せてごった返すことになるだろう。なるべく密にさせないよう、素早くさばかなくてはいけない。腰を低くして、両手を前に構えると、T野さんからカンフーみたい、と笑われた。
土日の開館直後は、席を確保しようと、大勢の人がカウンターめがけて突進してくる。相手が希望する席番号を言い終わるか終わらないかのうちに該当する席札を引っつかみ、よどみなく渡していく。100席近くある席は次々に埋まっていく。もちつきみたいに、大縄跳びみたいに、呼吸を合わせて流れに乗ることが大事なのだ。
席札を勝ち取った人々は、まるでこれが本日のハイライトであるかのように満足した表情で歩いてゆく。たまに席の場所がわからず、迷子になっているところを警備員さんに補導されて戻ってくる人もいる。
脱ハンコをうちの図書館でも実践するべく、公印使用簿にハンコがいらなくなった。今までは弁償手続きなどで館長印を押す場合、まず使用簿に自分のハンコを押し、それから必要書類に館長印を押していたのだ。
ハンコをもらうためにハンコを押す。
ハンコのためのハンコ。
ハンコに次ぐハンコ。
公印ボックスにはいろんなハンコが入っていて見分けがつきにくい。感じのよいお姉さんが担当だったときは、館長印にマステを貼ってわかりやすくしてくれていたが、彼女が異動したらはがされてしまった。
本の弁償にきたおじいさんが、耳が遠すぎて全然通じない。筆談する。
「今から書類を作ります」
「名前と住所を書いてください」
「座ってお待ちください」
おじいさんは誰かに盗まれたのだ、と言った。前にも盗まれて弁償したことがある、と言った。前のときより金額が高いが、給付金が入ったので少しは楽に払える。
「よければこちらに相談してみてください」
いきいき支援センターの電話番号が書かれた紙を渡そうとしたが、盗まれたものが返ってくるわけじゃないし、と言っておじいさんは受け取らなかった。
試験期間中は自習席からあぶれた学生たちが、2階まで放浪してくる。席札制の席は社会人しか使えないとわかると、辞書コーナーの大きな机や、新聞コーナーでノートを広げ、いつもそこにいるおじさんたちの胸をざわざわさせる。
常連の間で決まっていた暗黙の場所取りルールを、いともたやすく打ち破る彼らの軽やかさ。停滞していた空気が、流れはじめる。
ベンチを机に見立て、地べたに座って勉強しようとしていたカップルはさすがに注意した。
満席の間、返ってくる席札を虎視眈々と狙っている人たちが、カウンターの近くから熱いまなざしを送ってくる。
ティーンエイジャー向けの本を集めたコーナーにもっと立ち寄ってもらおうと、そのとなりに作ったグループ学習スペースは、感染防止のために再開の目処が立たないまま、間借りする、という形で現在は気軽に読める絵本や漫画のスペースになり、意図した年齢よりいくぶん、というかだいぶ上の世代の方々のたまり場になっている。
相対的に年齢が一番近い、という理由でそのティーンエイジャー担当だったときは、どんな本を置いたらいいのかずっと悩んでいた。ブックリストを参考に、くだけた文章やイラスト多めで軽く読める本を中心に選んでいたが、果たして彼らはそんな本を手に取りたいだろうか。本をわかりやすいとか読みやすいとかいう理由で読もうとするのは、本当はもっと年を取ってからのような気がする。
『君の膵臓をたべたい』が映画化されたとき、会社が企画した展示コンクールに応募した。優勝した図書館には、主演した女優さんがやってくる!
どんな本を並べるかみんなに相談したところ、N本さんから『ランゲルハンス島航海記』をすすめられた。わたしは膵臓の位置がよくわかるように、人体解剖図をていねいに描いて展示した。
意外なことに、女優さんはやって来なかった。