肩書き
目で見ても、耳で聞いても、それは現実のものではないような気がしていた。小さな命が僕の前に差し出され、恐る恐る手と腕で抱いたとき、再び圧倒的な感情が湧き上がる。
弥立つ。
父親としての感覚は、いつ生まれるんだろう。体は変わらないから、自覚なんてできるわけがない。そう思っていたけれど、その瞬間は確かにあった。
新しい命の存在を知らされたのは、岡山県の豊島に旅行しているときだった。母体を表現したという美術館で、そのことを聞いたとき、なぜか自分が胎児になったような、怖くて温かな気持ちになったのだ。それでも、父親としての自覚は、まだ他人のものだった。
男は肩書きに固執する。父親という肩書きも、僕には憧れのひとつだった。ついに、自分も父親になったのか。
「ほら、お父さん、泣かないで。赤ちゃんびっくりするでしょう」
いつの間にか、僕が泣いていた。しかも声を出して。恥ずかしいけど、仕方ないじゃないか。
✾「弥立つ」(いやたつ)・・・いよいよ心を奮い立たせる。
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