ことばを得る
こどもが言葉を獲得する過程を見つめるのはとても刺激的だ。大人になれば、日常会話で使用するだいたいの言葉の意味がわかる。むしろ意味から言葉を獲得していくことが当たり前になってしまう。
対して、こどもは、音から言葉を覚えていく。我が娘の言葉を獲得する様子は、まさにそうだと思う。親が発音する言葉、テレビから聞こえる言葉、保育園で接する言葉、音を聞き記憶にとどめ、再現すべき場やそうでないときでも記憶を使う。
娘が言葉を使い始めた頃のことだ。
私達夫婦はカフェが好きで、娘が生まれても好きなカフェに寄り道する休日を過ごしていた。そんな折、自宅のそばに大手のシアトル系コーヒーショップがオープンした。これまで、電車で出かけたときにしか寄れなかった店がやってきたのである。
店名を何度も何度も話していたのだろう。ある日とつぜん、娘が「すたば」と言い出した。娘のごく少ない語彙のリストに「すたば」という発音が結構難しそうな音が加わったのである。
さらに驚くべきは、紙コップ、紙袋、看板に共通する緑色の丸い絵柄(女神)を、音と結びつけた。どこに行っても、緑色のそれを見つけるや「すたば」と言うのだ。ようやく歩き始めた頃、一緒に散歩をしていたとき、反対からあの紙袋をさげた女子二人が歩いてきた。すれ違う直前、娘が袋を指差し「すたば」と言った。
まだ足元のおぼつかない幼子がはっきりと「すたば」と告げたときの驚きを想像できるだろうか。女子たちは、まるで近所のお節介おばさんに、「デート行くの?」と言われたときのような、驚きと恐怖が混ざった表情をしていた。
くだんのカフェに娘と行くと、ワッフルを食べさせていたこともあって、娘にとってはワッフルも「すたば」であった。幸い、ほかのカフェで同じような形状のワッフルが売られていなかったこともあって、他店で気まずいことにはならずに済んだが、それを恐れた親心から正式名称を早い段階で教えた。いま、少し後悔している。
現在、4歳になった娘はカフェ系の語彙を増やし、いっぱしの女子(定義は特に知らない)である。飲んだことのないコーヒーに思いを馳せては、早く大きくなりたいと呟いている。
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