あなたの住む土地のはなしをしよう #書もつ
タイトルを見て、さてどんなエッセイなのだろうと考えた。帯には「地名から喚起され、想起された世界を描くエッセイ集」とあった。筆者の名前は見かけたことがあるし、この筆者の描いた小説を原作にした映画も観たことがあった。
趣味の旅を楽しむエッセイなのかな?と思って読み始めたけれど、全く違っていた。地名について、掘り下げつつ、旅を楽しんでいる様子がある。掘り下げ方が、相当深い。まるで調査報告のようだ。
風と双眼鏡、膝掛け毛布
梨木香歩
塩の道、というものが古くから発達していたらしい。海産物を内陸に運ぶための道で、多くは川に沿うようにして発達している。
詳しくは知らないままで読んでみると、その塩の道の終着点のことが書いてあった。それが、長野県の塩尻である。塩の道の終着点、あるいは塩を売り歩いているとこの辺りで売り切れた、なんて由来もあるらしい。
地名の由来を調べながら、その土地の雰囲気を味わい、そこに暮らしている人と交流するという筆者の姿に羨ましさを感じてしまう。さらには、特筆すべきことではないかもしれないが、筆者は頻繁に車を運転するようだ。
車で通る道を、空から俯瞰しているような記述があちこちで登場し、地名が好きなんだなぁと思わされるのだ。地名の発祥は大抵太古の昔で、それをどう伝えていっているか、は意外と大切なものかも知れない。
あるいは、ひとところに住み続けない暮らしの中で、逆にひとつの住まう土地だけで暮らす人々に憧れているのかもしれない。
何千年もの間、ひとところに住んでいたのではと考察される一族に対して、筆者は畏敬の念を抱いた。旅人がやってくることの喜び、確かに昔話などでは旅人を迎え入れる雰囲気に違和感を覚えてしまうことがある。
しかし、自分の周囲とは異なる世界や文化を聞くことは、かなり興味深い。等しく生きてきた時間は不変だが、土地はまたさまざまな性格を持っているように思う。
我が家は、今年加入している町内会の役員を引き受けているが、表札をもらって、地区名をあらためると、そこに見慣れない地名があった。この街に住み始めて10年ほど経つが、まったく聞いたことがない名前だったのだ。”字”だよ、と教えられるのだけれど、いつまで使われていたのだろう。
予想に反して、硬派なエッセイであった。ともあれ、日本の各地の地名が、それぞれに歴史と伝承によって守られていることに、ホッとした読み終わりだった。