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遠くから聞こえる #創作大賞感想
地方出身者が羨ましいと感じてしまう時がある。遠方から東京に出てきている人ほど、人間的に強くてそして頭がいいのではないか、なんて思い込んでいるのは、いつからだろう。
神奈川で生まれて、いま東京に住むことができている僕は、実家も近くてありがたいが、ずっと一つの場所にいるような感覚になる。地方から出てくる、地方に帰る、その大きな動きの中で暮らしてきた人たちと比較して、何か足りないんじゃないかと思ったりする。
大学生から職を得て社会人になった数年を東京で過ごし、とある事情から香川に戻ってきた青年の目には、故郷の景色がどんなふうに映っていたのだろう。
宝積たまるさんの「日本で一番小さな県で育まれる愛のサイズ」を読んだ。
主人公の青年が、生まれ育った街に帰ってきた。そして、思い出の店である喫茶店でバイトをするようになった。穏やかな物語の始まりは、読み手に旅を連想させる。旅行者として訪れた街にこんな店があったらいいなと思った。
幼馴染との再会、そして同僚としてお店で働いて行くうち、お互いのことを知り、成長や変化を感じ取り、それぞれの時間を過ごしていたことに気がつく。子どもの頃の記憶は時に力強く、あるいは残酷に見えるけれど、時間が経たなければわからない真実にも癒される。
宝積さんの書き方で好きだったのは、セリフと説明のバランスの良さだ。登場人物が、“ときどき”喋る。あとは基本的に説明文で補っていて、滑らかに場面が進む。
なかでも印象的だったのは、みんなで出かけた海のシーンだ。
初めて行く人もいれば、幼い頃から何度も行ったことがある人もいる、読み手は初めて訪れる場所だった。きっと美しい場所なのだろう、幼い頃から見てきたであろう夕焼けに映える水面と、それを写真に収めようとする今っぽさが、懐かしいような寂しいような気持ちになった。
きっと宝積さんの経験が、様々な場面で顔を出しているのではないかと思う。それぞれの人物像が、違和感なく溶け合っているのは、きっとどの人物も書き手の一部だからだろう。
集まった7人の若者だけでなく、喫茶店のマスターも、学校の先生も、そしてお店の前にやってくる犬でさえも、宝積さんに思えてくる。
創作は、自由に書かれているようで、実はかなり書き手の気持ちや経験に左右されるのではないかと思う。登場人物たちのセリフは、書き手の体温があった。
物語の冒頭、喫茶店のマスターが示した”課題”の答えは、読み手のそれぞれが持つものかも知れない。
一人じゃない、なんて簡単に言うなと思うことがある。結局、助けてくれないじゃないかと心の中で悪態をつく時もある。
でも、一人じゃないとできないこともある。決めなくていい、揺らいで悩んで考えることが、人生の楽しみなんだ。
宝積さんの声が聞こえた気がした。
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