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リコーダーの音色

通勤経路には、住宅街がある。僕の職場、いわゆるオフィスビルとは違う場所にあるため、街中を通ってそこに暮らす人たちの気配を感じながら仕事に向かったり、家に帰ったりしている。

朝、幼稚園バスに向かう子どもを慌てて追いかける母親の姿に出会う。着崩した制服の高校生が自転車で気怠そうにすれ違う。慌しくも長閑な風景の中、僕は先を急ぐ。

最寄駅から徒歩20分。別の駅からバスも出ているが、歩いてしまった方が、意外と早いし、確実に到着できる。

季節を感じ、暮らしを感じながら歩く道のりは意外と悪くない。公営住宅の公園では、朝も早よから、グランドゴルフのカコーンという音と、シニアの皆さんの笑い声が聞こえる。

あ、この道は今日から工事やるんだった。いつも通る道を諦め、別の道へ回ることもある。いつのまにかなくなっている建物もあれば、更地に何棟も新しく建って、売れていく戸建て住宅もある。

ジロジロと見回しているわけではないはずだけれど、毎日通っているとどこかのタイミングで、その家に暮らしている人がどんな人か分かることがある。

ドアから出てきたり、あるいは声がしたり、家の前で立ち話をしていたり、きっかけはいろいろある。毎日通る僕のことを何となく認識している人もいるだろう。

ある日、その道を日中に通ったことがあった。住宅街なのでいつ通っても静かな場所なのだけれど、ある家の前を通り過ぎたとき、音が聞こえてきた。

それは懐かしい感じがした。

ほっくりとした音色は、小学生の時に慣れ親しんだリコーダーだった。あぁ、リコーダーの練習かな。

しかし、通り過ぎた一瞬で聞こえたメロディは、聞き覚えがあったけれど、小学生が練習するような曲だっただろうか。

聞こえてきたメロディを頭の中で繰り返しては、この曲なんだっけ?と考える。

ハッと歌詞が浮かんできた

「いまは あなたしか 愛せない」

歌詞が浮かぶと、曲が流れ出した。歌謡曲だった。歌っていたのは、テレサ・テンという歌手だ。

ちなみに僕はテレサテン世代ではない。むしろ父がよく聞いていたこともあって、曲が記憶にあったのだ。こんなところで、あのメロディーと出会うとは。

音が聞こえてきた家は、工務店の寮のような家だった。何人もの外国から来た若者たちが暮らしているようだった。夕方に通りかかると、わいわいと聞き覚えのない言葉で話しながら、洗濯をしていることがある。

曲は少し驚いたけれど、音楽はいいなと思う。

家の中で、どんな心持ちであの曲を吹いていたのか分からないが、出自も分からない彼らが、この地で働いて暮らしていることに、思いを馳せる。

リコーダーでフルコーラス吹き切っているのだとしたら、それはかなり上手な腕前なのではないか、と思ったりした。



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もつにこみ
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