変えられる、かも知れない #書もつ
毎週木曜日には、読んだ本のことを書いています。
最近では、絵画や彫刻など、機能を備えず単なる美術的な価値のある作品(絵画や彫刻など)がファインアートと呼ばれてたりしています。
それらの作り手よりも所有者として表舞台に出てくる人たちは、富豪と呼ばれているような、経済的に”超”余裕な人たちであることが多いものです。
芸術作品の価値が正当に評価されているとして、年々世界経済が成長しているとして、それでも信じられない金額でアート作品は購入されていると見聞きします。
手に入れる喜び、作家を励ましたい親心、作品を残す責任感、そして、アートがもつ力を自らに備えたような錯覚が、彼らを突き動かしているのでしょうか。
なんて、読み始めた時には考えていたことも、物語が進むに連れて、これは大変なことになったぞ・・と思わずにはいられなくなりました。最後まで見届けるのが観客なのだと確信し、結果、全速力で走り抜けるように読み終えてしまいました。
アノニム
原田マハ
アート小説といえば、この作家さん。ずっと気になっていたのです。あまりにも短いタイトルに秘められた物語に。作品のタイトルにもなっているアノニムとは「作者不詳」という意味で、この作品の根本を成している言葉です。
また、匿名といった意味合いもあり、物語では、現代的な義賊として、美術品を奪い返し、正規の持ち主の元に戻す謎のグループの名前としても使われています。
今作は、作家のこれまでの作品と比べてみると登場人物が多めです。しかも、アノニム(匿名)を体現すべく、本名、本来の肩書き、グループ内でのニックネームが設定されています。
ややこしくなってしまうのを防ぐためには、冒頭のイラストを見て、登場人物たちをきちんと映像化してあげることが有効です。
作者は、インタビューで「この作品はアクションものだ」と答えています。巻末の解説でも書かれていましたが、香港が舞台であることや、様々な情報端末を駆使したやりとりは、アクション映画のようでした。
今作で登場している画家は、現代アートの代名詞とも言えるジャクソン・ポロック。先駆者として不動の地位を得ている彼が生み出した手法は「アクション・ペインティング」と呼ばれています。キャンバスの上を移動しながら、画家自らの動きを写しとるように描いていたのです。
僕は幸いなことに、ニューヨークのMoMAとメトロポリタンで彼の作品を観ることができました。その大きさに圧倒され、立ち止まって眺めたのを思い出します。
作品を観たことがある方なら、その異様さというか不可解さに納得がいくのではないでしょうか。大きな画面にさまざまな手法で”落とされた”絵の具たちは、無秩序で閉鎖的で、冷徹で斬新です。一体、なんなの?!と思うわけです。
それが、苦しみ抜いて自らの手法を獲得した画家の勇気であり、希望でもあったとしたら、キャンバスをイーゼル(キャンバスを立てる台)から解放したのは彼であり、新しい時代への提言であったのかも知れません。
アートへの横暴を加える大富豪、それぞれの社会的地位を確立しつつも現代版の義賊として活躍するアノニムのメンバー、普通の高校生でありアーティストの男子、そしてポロックという現代美術の新しい時代をこじ開けた画家が絡み合う、スピード感に溢れた作品でした。
余談ですが、本文中にとても印象的で、物語とは関係なさそうな、ありそうな、作家の洒落が利いた言葉がありました。
The world is your oyster !
作家はエッセイの中で、無類の牡蠣好きを自称しており、自身を牡蠣の生まれ変わりだと称しています。だからかなぁ・・なんて思いましたが、これはれっきとした英語の表現なのです。
本文では、日本語訳が書かれていて、ルビがカタカナで振られていました。その意味を知ると、こちらもいつの間にか物語を一緒に走っているような気分になります。
ふう・・。夜中に読み終えて、慌てて感想を書き連ねてしまいました・・。頭の中で映像がぐるぐると展開され、あっという間にラストまで来てしまいました。そして、息が切れているにもかかわらず、こんなふうに書きたくなってしまう。
数年前、香港で起きたあの大きなうねりが、果たして世界をどう変えて行くのか、変わらないのか、もしそこにポロックと少年が描いた希望があったなら・・アートの新しい価値を見つけたような思いがします。