用の美、民の陶 #書もつ
少し長いプロローグの終盤、思いもよらない展開に、こころが揺さぶられて涙が溢れてしまいました。慣れない方言や、人名の古さに時代を感じ、入り込んでいくのに時間がかかったぶん、潜った深さが深かったのです。
まだ物語が始まったばかりだというのに、この感動は一体どういうことなのでしょうか。自分でも意外でしたが、本物のような作り物の世界に、ちゃんと癒されていたわけで。
まるで同じ時代を生きているかのような瑞々しい描写と、狙いすまされた設定の数々に、小説の醍醐味を、創作の可能性を知ることになりました。やはり、この作家は間違いないなと唸ってしまうのです。
残り500ページ余り、いったい何度泣かされてしまうのか・・期待と不安と、好奇心が膨らみました。
リーチ先生
原田マハ
この作家の印象的作品、として僕の周囲で挙げられることが多く、ようやく読めた作品でした。ちょっと分厚くて、なかなか読み始められなかったものの、夏休みシーズンには分厚い本を、と紐解いたのでした。
そして、その評判は間違いでありませんでした。
面白いなと思うのは、アートそのものよりも手前の”ものづくり”のこと、さらに日本人の少し昔の歴史が書かれているところに、作者の新しい才能を見ることができました。
正直、僕もその時代あたりの知識は薄いし、何よりもっと勉強したいと思っていた、そんな時代でもありました。
登場人物には、西洋のただ芸術的な価値だけを付加した調度品ではなく、日本の土地で作られた庶民の日用品などにその美しさを認め、「民藝」と称して、日常使いにおける機能美を追求し高めていった、柳宗悦やその周辺の人物が登場するのです。
中でも、益子焼の大家とされ第1回の人間国宝となった濱田庄司が登場して、僕は色めき立ってしまいました。それは、僕が唯一知っている陶芸家であったから。
濱田の生まれは、川崎市の高津区であり、JR南武線・武蔵溝ノ口の駅のそばには、今でも生誕の地であることを伝える石碑が立っています。
岡山にある大原美術館で、彼の作品を観ることができた時、確かに日用品のような気安さと芸術品としてのプライドを纏っているように感じたものです。
模様は当時の流行や、作家のこだわりが出てくることもあり、あまり印象に残っていないのですが、民藝という大きな流れを作っていた作家として、腕を振るっていたのだと思い出されました。
その濱田が、目の前に立って、話しているように感じてしまったのです。
ちゃんと生きていたのです。
濱田だけではなく、ほかにも知っている名前がいくつもありましたが、僕はほとんど彼らや彼らの作品についての知識はなく、読んでいて悔しくなったのでした。
出版年は2016年であるものの、初出は新聞連載の2013年でした。実は10年も前の作品ではあるけれど、その輝きもスピードも衰えていない印象でした。
主人公をめぐる「人の歴史」が鮮やかすぎるほど綿密に、瑞々しく、そして美しく描かれていました。
物語の聞き手として傍に立っている読み手は、時に汗をかき、時に励まされ、時に安らぐ・・読書体験のさまざまな印象が、緩やかに現れては消えるような、長さを感じさせない・・、むしろもっともっと読んでいたいような温かな雰囲気と、安心感のある時間でした。
アートそのものから離れた物語ではあるものの、日本の美を再発見できるような設定と登場人物に、何度も心を揺さぶられました。
人との出会いの素晴らしさ、世界の広さも狭さをも感じられる、とても爽やかな作品でした。
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