最終日に、有終の美を
大迫が、泣いていた。
東京オリンピック最終日、北海道札幌市で行われた男子マラソン。ゴールした彼の顔は汗か涙か、雨に打たれたように濡れていた。
日本記録保持者、という重圧はどんなものだったのか想像がつかない。
ずっと彼をフォローしていたわけではないけれど、日本のマラソン界において、逸材とされ、多くの期待を集めながら活動していたのは知っているつもりだ。
僕は、単なる市民ランナーとして、2019年の東京マラソンに参加することができた。
その東京の、招待選手の筆頭が彼だった。
東京マラソンのコースが、翌年のオリンピックのコースになると言われていた。高低差の少ないスピードコースとして、日本どころか世界記録が出るのではないかとも言われていた。
招待選手、エリート選手がスタートしてから、20分後くらいに、僕はスタートラインを踏んだ。
コースによっては、すれ違う選手が見える。ざわめきとともに、反対側のコースを駆け抜けていくのは、大迫だった。
聞こえるのはざわめきだけで、足音や息遣いなどは聞こえてこなかった。かなり遠いから、それは当然のことかも知れないけれど、なによりも静かに走っている、そんな姿だった。
飛ぶように走っていたのだ、と思い出す。それは足の速い動物というよりも、鳥のようだった。
ざんねんなことに、そのあと彼はリタイアしてしまい、記録は残されなかった。
僕は完走できたこともあって、「走った距離は、大迫に勝った」と冗談を言った記憶もある。いま思えば、とても恥ずかしいことだけれど、それは大迫への期待でもあった。
札幌は暑かっただろう。
汗を流しながら懸命に走る彼に、どんな景色が見えていたのだろう。
本番を前にして、引退を表明していたけれど、背負っていた荷物は重かったかも知れない。
ゴールしたあとのインタビュー、息を切らしながらも、考えを巡らしている表情は晴れやかだった。
「泣かさないでくださいよ」
インタビュアーの質問に、大きな白いタオルで顔を隠しながら、涙を拭いていた。
「まだ陸上に関わりたい」
彼のこれからはどうなるのだろうと、勝手に心配していたけれど、その答えがはっきりと聞こえて、安心した。
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