煙の溶ける喫茶店
天文館にお気に入りの喫茶店がある。
繁華街の一等地にありながら、独特な雰囲気が流れていて、まるでそこだけ時代に取り残されているような、そんな喫茶店だ。
もうずっとそこで店をしているし、知名度のある店なのでお客さんはひっきりなしにやってくるが、一旦席に座ったら空気が抜けるような、そんな感覚になって、待ちのお客さんがいることを自覚しながらもゆっくり過ごしてしまう。
私もご多分に漏れず、今この文章を珈琲を啜りながら書いてしまっていて、この喫茶店にはなんだか不思議な力があるなぁと感じている。
そんな今日頼んだのは、定番メニューのマノンバスケット。今日はアイスコーヒーのセットにした。
マノンバスケットにはサラダとハンバーグとマノンパン、そして本日のデザートがちょこんと乗っていて、ザ・喫茶店な見てくれだ。
私はその中でも特にマノンパンが好きで、まんまるのふわふわしたパンの真ん中に、切り込みが入れてあって、バターがじゅわっと染み込んでいる。
一口食べると口の中にバターが広がってなんとも幸せな気持ちになるのだけど、このバターの余韻が残っているうちにコーヒーを啜るのが1番の至福である。
なんてことを頭の中でぶつぶつ呟きながら、今日も大人なフリをしてマノンパンを頬張っている私は、たぶんきっと、ちょっと滑稽に見えていると思う。
でも今日は、ちょっと新しい発見があった。
私の隣の隣の席に座ったマダムが(私と同じく1人)紙タバコをふかし始めたのだ。
この喫茶店は喫煙可なので、基本的にお店の中の誰かは、たばこを吸いながら珈琲を啜ったり本を読んだり、おしゃべりしていたりするのだけど、こんな近くで副流煙を被ったのはこのお店では初めてだった。
しかも、そのマダムが吸っていたのはアメスピ。なんとも重厚感のあるタバコである。
普段、周りに喫煙者がいない私は、副流煙を浴びることに慣れていないのだけど、べつに嫌いではなくて、鼻を掠める煙たさにちょっとした高揚感を感じながら食事をした。
1人物憂げに紙タバコを吸うマダムも、空気に溶けていく副流煙も、それを許容している店の雰囲気も、全てが私にはまだ大人すぎて、着いていけそうになかったけど、私はこの喫茶店が好きだなと改めて感じた。
早くこの喫茶店に似合う女になれるように成長したい。