魔法の言葉だったのかもしれない、母のひとこと
「何か楽器だけは、やっておいた方がいいから…」
母に言われ、ピアノ教室に復帰させられたのは、中学入学の時。
小学校に上がるくらいから5年生まで、わたしはピアノ教室に通っていました。一度やめたのは、中学受験をしたから。
同時期にやめていた習字やプールのことは何も言わないのに、ピアノ教室だけは、わたしが嫌がってもなぜか「やっておいた方がいい」の一点張り。
うちは音楽一家ではありません。親戚にも楽器をやってる人はいませんし、わたしが特別ピアノを弾ける子だったわけでもありません。
なぜこんなに母がピアノにこだわっていたのかは、謎です。
せっかく学校が決まって、新しい生活にワクワクしていたのに。またあの怖い先生のもとに通うのかと思うと気が重くなりました…
当時、わたしが嫌いな教科は音楽。
音楽の先生も、ピアノの先生も、わたしが彼女たちの思う通りに動けないと怒る人だったから。
音を楽しむどころか、音楽の授業やピアノ教室の時間なんて、来なければいいのに…と思うほど。
わたしの脳は「音楽=イヤなもの」と分類するようになっていました。
2ヶ月で崩れた「わたしの想像する中学ライフ」
小学生の頃、アニメ「スラムダンク」が大流行。わたしは体育の授業でバスケをするのが楽しくて仕方ありませんでした。リレーの選手にはなれないけど、球技は得意だったんです。
「中学生になったら、バスケ部に入る!!」
と、友人にも親にも宣言していたくらい。誰もが、わたしはバスケ部に入るものだと確信していました。
体験入部は、迷わずバスケ部へ。これでたくさんバスケができると思っていたのですが、現実はそう甘くなくて…
「直立不動っ!私語禁止っ!!!」
怖そうな先輩の号令とともに、活動時間ずーーーーっと立ちっぱなしで練習を見学。1年生は1秒もボールに触ることができませんでした。
こんなの、やってられるか!!!
部活選びは振り出しに。入学2ヶ月目にして、早くも「わたしの想像する中学ライフ」が崩れはじめます…
そんな時、友人に誘われて体験することになったのが、なんと音楽部。
先輩たちの演奏と、楽器の説明を聞いた後、耳にしたのは驚きのひとこと。
「どの楽器にしますか?」
(…え?触ってもいいんですか…?)
バスケ部とは正反対の待遇。部活が違うだけでこんなに違うものなのか…
その日、1年生は先輩に教わりながら「かえるのうた」を合奏しました。
「楽しい…」
自分が出した音が、まわりの音と混ざってひとつの曲になっていることが気持ちよかったんです。
あれだけ音楽を「イヤなもの」と思っていたはずなのに。音楽部に入ることを即決していました。
もちろんこの日、わが家には激震が走りました。
もなか、ピアノやめるってよ
想像だにしない方向に中学ライフが走り出して2年。
音楽部では演奏会を何度か重ねて、同期とも仲良くなり、合奏が楽しいと感じはじめていた頃…
しぶしぶ通っていたピアノ教室の発表会が開催されました。
生徒のほとんどが小学生で、わたしと同級生のマイちゃんだけが中学生のお姉さん枠。
リハーサルの日、わたしとマイちゃんは、ふたり仲良く途中で演奏が止まるというミスをしました。怒りで真っ青になった先生に呼び出され、居残り練習をするハメに…
「小学生のお手本にならなきゃダメじゃない!ガミガミ…」
こっちはやりたくてやってるわけじゃないんだよォォ…!
(はっ…そういえば、楽器をやってた方がいいからって、ピアノ教室に行くことになってたんだった。今、わたし、音楽部だな…)
やめる理由がそろっている…
無事に母への説得も成功して、わたしは発表会のあと、ピアノ教室をやめることにしました。
「部活が楽しくなっちゃったので、やめまーーーっす!!」
イヤなものから、ライフワークへ
「部活が楽しくなっちゃった」のは、ピアノをやめるための言い訳ではなく、本心でした。
いつの間にか、わたしの中学ライフの中心は、音楽部。
単純に、練習すればするほど上達することが嬉しかったし。
知ってる映画やディズニーの曲が形になるとテンションが上がるし。
何よりも、一緒にがんばった仲間と本番の成功を喜ぶのが最高だと気づいてしまって。
高校生になっても、大学生になっても…大人になった今でも演奏し続けています。
わたしの中で音楽は「イヤなもの」から「ライフワーク」に変わっていました。
「何か楽器だけは、やっておいた方がいいから…」
この言葉自体に、そこまで深い意味はあったとは思えないし、いまだに納得していないのだけれど…
結果的に、今のわたしは楽器によって作られています。
音楽部に入ったことで、想像だにしない中学ライフどころか、楽器インストラクターという、想像だにしなかった人生を突き進むことに。
あの時は大嫌いだったピアノも、一周まわって最近は少しさわるようになりました。
うーん、これは魔法の言葉だったのかな?