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あのこと(2021)

※本文ネタバレを含みます。



「あの子と」だと思って、ははーん、このポスターの女の子に振り回されたりする話なのだな。と思っていたら、「あの事」だったし、話も全然違いました


"1960年代、中絶が違法だったフランス。
大学生のアンヌは予期せぬ妊娠をするが、
学位と未来のために今は産めない。 選択肢は1つ-。  "

「あのこと」公式サイトより引用



アンヌ、強い

 
勉強してその道に進みたいから、どうしても堕ろしたくて自分で試行錯誤する。「産まない」という信念に関してアンヌは最初から一貫していて、作中ブレたことはなかった。

勉強したい、ということは今は産めない、それじゃ堕ろすしかない。

ずーっとこのスタンスで、堕ろすためにあれやこれやと痛いことをする。
映画館という逃げられもしなければ音をちっさくしてやり過ごすこともできない箱の中、アンヌのおこなったチャレンジの数々は、それはもう辛いものだった。

最初の「痛み」は、まだ直視できた。
クソジジイお医者さんに行って中絶したいと頼み込んだところ、注射器と薬を与えられて、それを自分の太ももにブッ刺す。

わあ、痛、、

自分の献血を直視できないタイプの私ではあるが、頑張ってスクリーンから目を逸らさないくらいのことはできた。
それに、アンヌはこれでもう大丈夫だと安堵し、映画の雰囲気も心なしか緊張が解ける。

しかしそうは問屋がおろしまへん。やっぱり生理が来なかった。
のちに明らかになることだけど、あの医者にもらった薬は、中絶するどころか中絶を防ぐ安定剤だった。
その裏切りに関して、「女性に選ぶ権利はないと考える医者も多い。ね、だから諦めて受け入れなよ」と優しく諭してくる別の医者もいるのだが、その時代中絶に手を貸すことすら違法だったことを思うと安易にこの人はクソジジイとは思えなかった。いい人だとは思わないが、時代が悲しい。まあでも、こういう、あなたの苦しみはわかってますけど、しゃーないじゃん、ね?としてくるやつの方が、タチが悪いのかもしれない。

(そもそも私は、アナ雪のハンスですら、アナが城を空けていた時毛布やホットワインを配ったりしてしっかり働いていたので、「クズな以外は別にいい奴なのでは、、?」とか思ってしまうチョロ人間ゆえ、世間一般の評価的にはこの医者もゴミなのかも)


次にアンヌが試したのは編針。
実家に帰って編針を回収したときには、というかアンヌがムンズと引っ掴んだものが編針だと気付かずに、この2本の長い棒は何ぞと思っていただけだったのが、



編針→  ーーーーーーーーーー

            🔥👩


アンヌが編針をライターで炙り出した瞬間、「おいおいウソだろ」と客席がどよめき始めた。いや、実際どよめいてはいないのだけど、みんなこれから起こることを察して心でドヨドヨしだしたのだ。

もうどうしても直視できなくて(実際、スクリーンにはその場面その場所そのものは映っていなかったと思う。アンヌの苦悶の表情だけとうめき声だけが聞こえた)、目を瞑っても音がする。逃げられない。自分の下腹部までぎゅうと痛んだ。

編針ののち、クソとは呼べない医者のところに行って前述のことを打ち明けられる。

ちょっと待ってよ、あんなに痛い思いをしたのに、アンヌってば安定剤打たされてたの!?
おい!出てこいよ! あのメガネ! 
(あの医者がメガネをかけていたか、定かではない。かけていた気がする)

結局編針も粘膜を傷つけただけ。
アンヌはまだ妊娠していた。

もう、何を聞いても何をしていても、考えるのはあのことだけだし、
友達の会話も、なんとなくもう人間として立っている場所が違う気がしてしまってすんなり入ってこない。
期待している親にも何も言えない。

彼氏に妊娠を打ち明けるも、マジで頼りない。
バカンスで海に行った時も、あのこと、なんとかなった?みたいなテンションで中絶のことを聞いてくる。
こっちはめちゃくちゃタイヘンだっていうのに「おまえの態度悪い。ダブルデート相手に失礼でしょ。」とか意味不明なことも言ってくる。
海に沈めなかっただけアンヌは温情である。

藁にもすがる思いでたどり着いた怪しげなアパートの一室で、アンヌは中絶処理を二回受ける。
その中絶処理も、「痛がって声を出したら他の部屋にバレるから、声を出すんじゃねえぞ」と言われるほどの痛いもので、
血が映るわけでもないのに、耐えるアンヌがたまらず出してしまう「ぐふう!」みたいな声のたびに、ビクビクしたし、目をぎゅっと瞑って耐えてしまった。直視できなかった。

二回目の処置ののち、苦しみに苦しんだうえやっとアンヌは中絶に成功する。
催してトイレに駆け込み、ツポン、と音がしてアンヌが便器を覗き込むと、彼女と臍の緒で繋がった赤い塊がスクリーンに映る。
カメラワークで、観客の目線と発見の瞬間がアンヌと重なる。
ああ、とんでもない…。

子供が出た時の音、安堵したと言ったらおかしいけど、「やっと終わった」という気持ちが強かった。
もう、あの痛みからも、産みたくないのに産むことになってしまったら人生どうなるんだろうという苦しみからも解き放たれて、好きなだけ勉学に打ち込めるんだ。
というアンヌの解放感がひしひし伝わってくる。

そして映画は、アンヌがずっと受けたかった大切な試験の開始で終わる。
鉛筆の音がこんなに刺さった映画ないって。マジで。
アンヌは勉学を勝ち取った!


一人で観に行き、他の客席は一人客ばかりだったので、「ちょ、、ねえ、、!!!この映画、、!!アンヌさあ、、!」とか、「最後のセリフ、めちゃくちゃいいことを言っていたが、細かいところ忘れちゃったんでメモした人いませんか?」とか言いたかったがグッと堪えて歩いて帰った。
正直、見た直後は痛いシーンの印象が強すぎて、アンヌの強さにまで思い至れなかったけど、
日があいて、「あのこと」について考えるたびに、アンヌの信念と強さに、凄いなとしみじみ思う今週だった。


監督は、「アンヌは兵士」と何度も主演の方に言っていたらしい。
なるほど確かに、あの目的意識は、まさに兵士のそれだな。



ていうかなんでそんな大事な時期に妊娠したのよおバカ!
この頃避妊も適当だったんか!?


とはいえ、「中絶が違法」というのは女性の人生の選択肢的に、あってはならないことなので、
女性の自分としてあまりに自分の体と重ねやすくて辛くなってしまうので積極的には調べていなかった今の時代の中絶事情も、
しっかりチェックしなければならないな、と思った次第でした。


おしまい



余談:「あのこと」の公式トレーラー、拍手のSEとともにこのド派手な画像から始まるの、
違いすぎて爆笑してしまった



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