現役を明日退く夫は
お疲れ様です、もんぬです。
2025年の自分に課した『毎日noteチャレンジ』Day6の今日は、先ほど祖母の葬儀を終えて東京に戻っているところなので、その時に考えたことをつらつらと書こうと思います。
今日は祖母の葬儀だった。
生まれてから高校卒業までの18年間、一緒に暮らした祖母だ。
私の母を産み育てた人。
祖父の会社をずっと支えた人。
ちょっと天然でツッコミどころが多くて、いつものけぞって大きく笑い、気に入らないことには素直に文句をぶちまけ、なんでも人と比べたがる、どこか少女のような人。料理上手で、多趣味な文化人。
自他ともに認める雨女だったそうだが、まさかの今日1/6は久しぶりの雨。昨日までずっと晴れだったし明日からもずっと晴れなのに、今日だけ雨なんて、もはやお見事…!
※祖母が亡くなったと聞いた瞬間に私が何を思ったかは、以前こちら↓のnoteに記したので割愛します。
火葬場で焼かれる直前、皆でたくさんのお花を棺に入れながら、改めて祖母の顔をじっと見た。
普段の寝顔と変わらず安らかで、つややかで、何度目かわからないが「ほんとに死んでるん?これ」と思ってしまった。
そのせいか、まだ私は祖母の死を理解できていない気がする。次に帰省したら普通にリビングのソファでテレビを見ながら「あらァおかえり〜おやつあるよ」と言われるんじゃないか。また母と一緒に銀座に遊びに来るんじゃないか。そんな気がしてしまっている。
書いていても、あぁやっぱり私はまだ祖母が死んだと思えていないんだわ、と思った。思えば訃報を聞いた瞬間も、帰って白い布をめくった時も、昨夜のお通夜でも今日の葬儀でも、ちゃんと泣いていない。泣けていない。
死ぬってどういうことなんだろう。
「もう二度と会えないということ」と言い換えられるだろうか。
だとしたら、実際に死んでも死んでいなくても同じなのでは?という気がした。
今まで会ってきた人で「あなたが亡くなったらお葬式に行かせてくれ!」と思うような相手の中にも、実際にはもう二度と会わない人って結構いるんじゃないか。
恩師とか、仕事でお世話になった方々とか、バイト先の人、一時期仲良しだった人、コーチングを受けてくださり数時間こんこんと話をしたクライアント、などなど。
元カレとか絶対そう。
多分これまで亡くなった人はいないけど(知らないだけかも)、全員もう会うことはないだろうと思う。
「どこかで生きてるけどもう会うことはない」と「亡くなった」は、実質同じなのでは。だって生きてるからといって今後会うことがあるかというと、わざわざ会うことはないだろうし。
そして実際に相手が亡くなっても、それを知る由もないわけで。
と考えてみたものの、でも、やっぱりなんか違うなと感じる。
「もうこの世界にいなくて絶対に二度と会うことがない」と「私の人生にはもう登場しないけどどこかで生きてる」は、あくまでお気持ち的な範囲でだろうけど明らかに違う。ように思う。
会いたいかというとよくわからないし、会ったとして何か話したいことがあるわけでもないが、相手の人生がまだ続いている、まだ同じ時代を生きていると思うことは、どうしてか希望に感じる。
…もしかして、相手の死は相手と接した「自分」までもが失われる感じがするからだろうか。
なんだかこれは非常にしっくりくる。
相手の死は、相手と過ごした自分の喪失でもあるのか。相手の記憶の中にいた自分が、相手の死によって「無」になってしまうことが心をグラつかせるのか。
「相手が生きていればまたいつかどこかで会うかもしれないから」という、この先会う可能性の有無ではなく、「私のことを覚えていてくれる人がいて、その人が生きている」ことに対する安堵なのか。心の中に生きている的な。
自分がいないところで自分のことを考えてくれる人がいる、自分を想ってくれる人がいる、自分を覚えていてくれる人がいる、という事実やその実感は人間を人類のラスボス=「孤独」から本質的に救うと思ってるので、やたらしっくりきちゃった。
大学生になると同時に実家を出てもう十数年、帰省頻度も年に2回ほどだったので祖母のいない毎日が私にとって当たり前になっていたからという理由もあろうが、祖母が物理的に亡くなった今も祖母のことは私がよくよく覚えている(それこそ心の中にいる)ので、不思議と寂しくないのかもしれない。だからワッと泣くようなことがなかったのかもしれない。
おばあちゃんのことは私たちがずっと覚えているからね、と口に出すまでもなく心からそう思っている。実際、忘れることは絶対にない。
それにしても、祖母の死は唐突だった。92歳は確かに高齢だが、まだまだあと10年ほど生きそうなくらいには元気だったから。
7年前に92歳という同じ年齢で亡くなった祖父が迎えに来たみたいですね〜といろんな人が話していたが、だとしたら最後までまったく強引な祖父だ。起業して、おばあちゃんにお客様の対応やら子育てやら散々色々してもらって、挙句これかい。
おばあちゃん自身は「やぁだおじいちゃんったら、せっかちなんだから」と、のけぞって笑ってそうだけど。
あーあ。
自分の死期が事前にわかったら、一人一人に会いにいってその人の素敵なところをたくさん伝えて回るのに。
幸い、大人になってから友達が増えた。学生時代からの友人も、元会社の同僚が友達のようになったパターンも、「もんぬ」として知り合った人たちも含めたら本当にめちゃくちゃ友達が増えた。友達が友達を呼び、おもろい人の仲良しは案の定おもろいので、会いたい人飲みたい人が大量にいる。
そして、皆たまにしか会わない。
うっかり誰かが亡くなってもおかしくないし、私もいつ死ぬかわからない。
そう思ったら、ベタな決意だけど、今後人に会う時は本当にその時間を大切にしようと思った。「いつ死ぬかわからないから」とか言ってしまうと辛気臭くなるのでそんな余計なことは言わずに、相手の素敵だないいなと思うところを照れず惜しみなく伝える筋肉だけ鍛えたい。
ところで自分は、死んだときどんな人だったと言われるんだろう。
叶うなら、「よく飲みよく食べよく書きよくしゃべり、いつも楽しそうな人だった」と言われたい。
そんな終わりのために、いつ終わるかもわかんないけど、ひとまず今日もnoteが書けてよかった。明日からも色々頑張らないと。
最後に、祖母が遺した短歌の中で私が一番好きなものを書いておこうと思う。立ち上げた会社を父に引き継ぐ日の前夜の祖父への静かなリスペクトが感じられる、大好きな歌。
「現役を 明日退く夫は 夕食の 秋刀魚にきりりと 酢橘を絞る」
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今日もここまで読んでくださり、ありがとうございました。
また明日もよかったら!