ネガティブなひと
「すいません、ちょっと聴いてほしいんだけど、私は人に迷惑をかけるのが一番いややねん。あんたにも、真知子にも、いっさい甘えるつもりはないからな、それだけはわかっといてや」
母の部屋に夕食を届けに行くと、いつになく強い声でそう言われた。
「おかあちゃん、全然甘えてないやん。私もお姉ちゃんも、そんなこと全然思ってないよ。私はこの上に住んでいるんやから、二人分のごはんをつくるのも三人分のごはんつくるのも一緒やから、おかあちゃんの分もついでに取り分けて持ってきてるだけやん」
私がそう言うと、「もうあんた、来てくれんでもええから、私ひとりでできるから」そういう母。本当にその言葉通りなら私は来ない。ところが現実は違う。来なかったら、薬は飲み忘れるし、寒くても暖房もいれず、家中のガウンやダウンを重ね着して背中を丸めて一日中座ってる。テレビはつけているが、見ているのではなく、眺めている。テレビの内容を理解する力はもうない。面白いことを言ってもわからない。おなかもあまりすかないみたいで、冷蔵庫には必ず2、3品、チンしたら食べられるおかずや、冷凍のごはんもいれてあるが、自分でこれを食べようとか、これとこれは賞味期限が迫ってるから先に食べないととか、判断できないみたいで、すべて放置したままである。自分でチンしても、入れてることをすぐに忘れてしまう。夜に訪ねられなかった日の翌日など、電子レンジの中で一晩眠っていたおかずが必ずお目見えする。空腹感は感じないのか食べ物にあまり興味ないみたいだが、お酒は大好きで、夏は缶ビールを一日に一缶、冬は焼酎のお湯割りを1~2杯、それだけは何も言わなくても、必ず自主的に飲んでいる(笑)。
昔から酒は好きで、結構飲む人だった。そしてろれつが回らなくなって目が据わって絡んでくるような悪い酒もあった。今はそこまで飲まない。焼酎のお湯割りも2杯以上のまないので、そこは助かっている。
面倒をかけたくないという気持ちが人一倍強いのはわかるのだが、いろいろな面で少し手助けをしなくては、一人暮らしなどできないのだ。母は一人で自立してるつもりかもしれないが、誘導しなければ、食事も薬も滞ってしまうのが現実なのだ。だから、部屋を訪ねるたびに、「いつまでも生きてるから、面倒かけてしまう」とか「甘ったれるつもりなんかないのに情けない」とか、いちいち言われるのが正直面倒くさい。
元々の性格がネガティブで負けん気が強くて、見栄っ張りだった。その気質で認知症になったもんだから、朝、訪ねると、薬を飲んだとか、排便があったかとか表にして丸を付けてもらっているノートの余白に、「自分自身が早く片付きたい」とか「でも自殺はしたくない」とか「私は甘ったれてるつもりなどない、バカにするな」とか書いてあって、どっと嫌な気持ちになる。そこに最近は「家を勝手に売った」とか「私はあの家で最後を迎えたかったのに」とか書いてあって、優しく接したいと思っていても、イライラしてしまう。
先日、「家は勝手に売ったんとちゃうよ。おかあちゃんがたつお兄さんに暴言を吐かれて、お姉ちゃん夫婦からも離れたかったんやろ。遠くへ行きたいって言うた時に、うちの近くへくる?って聞いたら、そうしたいって言うたから、話を進めたんやんか」と私も思わず声を荒げてしまった。そしたら、母が突然、土下座をして、「申し訳ありませんでした」とかいって、頭をさげるから、「やめてよ」と言って、また「あなたは何も悪くないの。全部、たつお兄さんたちがだらしないせいでしょ。人にお金を借りといて、返さへんのが悪いんや」とかいって、また気を取り直させる。私はこういうやりとりをするたびに胃が痛くなる。正直言って、兄弟の縁も切りたくなる。とにかく、面倒くさい。。。
実家を売る時に不動産屋に査定をしてもらった時、所有者である母の年齢を聴かれて、88歳と伝えたら、認知症はないかと聴かれた。認知症と診断されたら売るのが難しくなるそうだ。その時は、まだ診断されてなかった。というか、そういう診断を下す医師にかかったことがなかった。しかし、母の状態はたぶん認知症にかかってるんではないかと私は思ったので、今、診断されては売れなくなると思い、コロナの時期で行き来もしにくいのに母をこのまま一人にしておくのは良くないと思い、多少家を売ることを焦っていたと思う。
実家も無事に売れて、母もいよいよおかしいぞとなり、私との近距離生活も落ち着いてきたころ、認知症専門の病院へ連れて行った。そこで、色々な検査をしてくれて、アルツハイマー認知症の中期だと診断を下された。医者は、中期にしてはしっかりしてるのでがんばっていらっしゃる方だと言った。でもいずれ生活ができなくなる時が来るだろうから、その時は施設も考慮にいれてくださいといわれた。
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