自選30首

きみのその深爪し過ぎた薬指にトンガリコーンを嵌めていいですか
(『ダ・ヴィンチ』2011/7月号「短歌ください」穂村弘選)

すーすーするシャンプーしかない浴室の鏡で覗く親知らずの芽
(『ダ・ヴィンチ』2012/8月号「短歌ください」穂村弘選)

左手を繋いだだけで心臓が弱っていると言い当てたきみ
(『ダ・ヴィンチ』2013/10月号「短歌ください」穂村弘選)

4日ほど誰とも喋らないでたら舌が数ミリ伸びた気がする
(『ダ・ヴィンチ』2014/5月号「短歌ください」穂村弘選)

青りんごの匂いがするねきみの頬きみの指先きみの土踏まず
(『朝日新聞』「朝日歌壇」2015/9/13 馬場あき子選)

真新しい冷蔵庫野菜室めいた匂いがします初秋(はつあき)の闇
(『朝日新聞』「朝日歌壇」2015/10/5 高野公彦選)

冗談の間(あわい)の本音に目を凝らす地下の水脈探すみたいに
(『朝日新聞』「朝日歌壇」2015/10/19 永田和宏選)

書店員の手元で本は菓子折りのごとく正しく包(くる)まれてゆく
(『短歌』2016/6月号「角川歌壇」特選 外塚喬選・佳作 秋山佐和子選)

取れかけのつけまつ毛のまま浴槽に沈むと夜は一段と夜
(『ダ・ヴィンチ』2016/7月号「短歌ください」穂村弘選)

誰の目にも留まらぬ美しいものに複写機のなか駆ける輝き
(現代歌人協会 第45回全国短歌大会 佳作第二席 渡英子選)

狛犬の眼力妙に柔らかくそろそろ春が来るということ
(現代歌人協会 第45回全国短歌大会 佳作 桑原正紀選)

見るからに身体に害のありそうなATMの小箱のひかり
(『ダ・ヴィンチ』2016/10月号「短歌ください」穂村弘選)

君くれし桃に名前をつけてみるしばし眺めていられるように
(第135回明治神宮献詠短歌大会 入選)

会うときは笑顔のひとつも見せぬひと帰宅途中に届く顔文字
(『短歌』2016/10月号「角川歌壇」特選 坂井修一選)

広告を募集している広告の気持ちの強さを見習えあたし
(『ダ・ヴィンチ』2017/3月号「短歌ください」穂村弘選)

あのひとの頭蓋を抱いている気持ち味わいたくて買う春キャベツ
(第108回「うたらば」ブログパーツ 田中ましろ選)

春の夜に焼くオムレツはぽってりと動物の腹めいて艶めく
(B&Bイベント「短歌」×「○○」 木下龍也選)

ケーキ屋の箱の半端な空間に詰められているこれは春です
(『うたらば』フリーペーパー vol.19 佳作 田中ましろ選)

二十世紀梨置かれたる卓袱台のおそらくそこが秋の入り口
(第137回明治神宮献詠短歌大会 特選)

親の死は近くて遠い三日月状に砕いては捨てるロキソニン錠
(第29回歌壇賞 予選通過作「せり上がる夏」30首より)

スーパーでカリフラワーを指差してシロッコリーと叫ぶ五歳児
(『月刊うたらば』2018/2月号 田中ましろ選)

再配達の再配達に手を染めてついに悪女となる午後三時
(『月刊うたらば』2018/3月号 田中ましろ選)

軽々とわたしの歳を超えてゆく黒猫の背にひだまりはある
(『うたらば』フリーペーパー vol.21 佳作 田中ましろ選)

車窓より見えた三毛猫ミケに似て手を振れぬまま未来へ向かう
(『日経新聞』「日経歌壇」2018/9/8 穂村弘選)

いちごの葉踏み分け踏み分けくる猫の腹濡れおるを指先に知る
(第32回全国短歌フォーラムin塩尻 入選)

栞紐の紅(あか)に惹かれて指先は秋の書架より本選びたり
(第139回明治神宮献詠短歌大会 佳作)

バームクーヘンにも樹齢のあることを教えてもらう春のカフェテリア
(現代歌人協会 第47回全国短歌大会 秀作第二席 小島ゆかり選)

そのなかに小さく畳んだ夜のあり握りこぶしは少しさびしい
(現代歌人協会 第47回全国短歌大会 佳作 大塚寅彦・香川ヒサ・東直子・本田一弘選)

針刺しに針を戻して身構えるじんじんじんと淋しさがくる
(『NHK短歌』2018/11月号 佳作 東直子選)

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