一人暮らしSEのローテーブルには
わたしが働く風俗の業態は専らデリヘルが多かった。理由はいくつもあるが、大きな理由としては、自由度が高く、かつ風俗感が店舗型に比べて薄く感じるからである(働いたことのある人、利用したことのある人は特に分かってくれると思う)
その日も、とあるマンションの一室へと派遣された。
しがないシステムエンジニアの一人暮らし部屋。
壁には沢山の参考書。ダンベルや懸垂バーは長らく使われていないようで、埃被っている。
この頃わたしは特に希死念慮が強く、懸垂バーを見て「気が向いたら首吊れるじゃんこれ」などとよからぬ事を考えていたりした。
部屋を見渡しながら世間話をする。仕事が忙しく早朝から深夜まで働き詰めらしい。寝てる時間ほぼ無いじゃん。
床はベタついていて、水周りも綺麗とは言えないものだった。しかしそれに対してあまり嫌悪感は感じなかった。水周りの汚さはその時の精神状態を割と顕著に表しているものだと思っていて、その辺から既になんとなく、この人は少し日常に余裕が無い人なんだろうなと察していた。
シャワーを浴びて、いざプレイに。ベッドとも言えないくらいの黄ばんだマットに寝かされた。さすがにこれは堪えたが、今更引き返すわけにはいかないとプレイを続行。
もちろん本番行為は出来ないのでローションを纏わせ素股を施す。対面座位になったところで、彼のローテーブルに置いてある物へと目が止まった。
抗うつ薬だった。
どうしてすぐ分かったか覚えていないのだが、恐らく薬袋に書いてある文字が見えてしまったのだと思う。
多分、普通なら、風俗呼ぶ前にやることあるだろ、などと思う。わたしもそう思う部分は小さくあった。
でも、それ以上に沢山追い詰められてる中で、お金を払ってまで人肌を求めたところに、謎の有難みを感じた。
わたしは、対面座位のまま、強めに抱き締め返して、そのままバレないように静かに泣いた。
プレイは無事に終わり、支度をして、また呼んでねと伝えて帰ろうとした。
しかし近い日に異動があるかもしれないという。
どう見ても、その目に光はなかった。
無理しないでね、と、ありきたりな励ましだけ伝えた。無理しなくても良い環境ならそもそもこんな変な時期に、こんなに急に異動なんかないだろうに。
やっぱり彼は、その後呼んではくれなかった。
今もどこかで、どうか生きていてくれたら、以前よりはマシな環境に身を置いていればと時折思いを馳せてしまう。
わたしにとって、デリヘルは天職なのだろうか。
たった少し、お金ありきで身体を重ねただけでもここまで強く心の中に彼の姿が残ってしまって。
こんな具合じゃ仕事が続く気がしない。
でも、あの時の彼よりわたしはマシなのかな、なんて思ったり。
辛さというものは、自分以外と比較したってしょうがないのだけれど。