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【小説】選ばれたまぶた【ホラーホラー】
重いドアを開け、加奈は家を出た。
大学に通う為、加奈は地元を出て一人暮らしをしている。
加奈には悩みがあった。
まぶたが垂れ下がり、糸のように細い目。子供の頃、目の事でよく男子にからかわれていた。
何でこんな目をして生まれてきたんだろう…
加奈は鏡を見るたびに、ため息をついた。
しかし、細い目も悪い事ばかりではなかった。
中学生の時、クラスの男子に目の事でからかわれ、泣いて帰った日の事。
泣き腫らした目を閉じ、まぶたを冷やしてベッドでゴロゴロしていた。すると、突然目の前が明るくなった。
「え?」
加奈はびっくりして目を開けるが、薄暗い天井が見えるだけだった。もう一度目を閉じると、目の前は明るいままで、ライトで照らされているように見えた。
明るい…なんで?
しばらくすると、右側から白いウサギがゾロゾロと現れた。
「うわ、なにこれ」
ウサギたちは一例に並び、うしろ足だけで立ち上がった。
え?え?立ってる!
加奈は驚いて目を開けてしまった。やはり目の前は薄暗い天井が見えるだけだった。
もう一度目を閉じた。
一例に並んでいたウサギたちは、一斉にお辞儀をした後、音楽に合わせて踊りはじめた。
「うそ…踊るの?」
ウサギたちは、軽快な音楽に合わせ、リズムよく踊る。数ミリの狂いもなく、同じ動きをする。
うわ…すごい。こんな事ってある?信じられない…でもすごくかわいい。大きくてくりっとした赤い目。いいなあ
加奈は、ウサギの大きくて愛らしい真っ赤な目にみとれていた。
踊りが終わり、ウサギたちは再び整列した。一斉にお辞儀をすると、1羽のウサギだけを残し、退場した。
「加奈さん、はじめまして」
残ったウサギが喋りだした。
うそ…今のウサギの声?
「突然このような事をしてしまい、申し訳ありません。大変驚かれた事かと思います」
すごい、しゃべってる…
「加奈さん、私たちの踊りはいかがだったでしょうか?」
「え?えっと…すごく良かったです」
「それはありがとうございます。とても嬉しいです」
「あの…あなたはウサギですよね?なんで私の目の中にいるんですか?なんでしゃべれるんですか?ちょっとパニックなんですけど…」
「それは大変失礼しました。今起こっている事を説明しますね。実は、私たちは加奈さんの目の中といいますか、正確には加奈さんのまぶたにいます」
「まぶた?」
「はい。加奈さんはまぶたというか、細い目に悩みをお持ちですよね?」
「は、はい…」
「加奈さんのように悩みを抱えた人たちを励まし、まぶたが消えてなくならないように私たちは存在しています」
まぶたが消える…?
「世の中には、目に悩みを抱えた方は沢山います。そのすべての方々のまぶたに私たちが存在しているのではないのです。選ばれたまぶたにだけ、存在するのです」
「選ばれた…まぶた?」
「はい。加奈さんのまぶたは選ばれたのです。大変貴重なまぶたです」
私のまぶたが貴重なの?
「実際、私たちの踊りを見てどう思いましたか?その間、嫌な気持ちを忘れる事は出来たのではないでしょうか」
「はい…目の事でからかわれて泣いてたんですけど、ちょっと気が晴れたと思います」
「それは良かったです。お役に立てて嬉しいです」
「こちらこそ…ありがとうございました」
「加奈さん、申し訳ありません。もう時間が来てしまいました。私たちは消えなければなりません」
「え、いなくなっちゃうの?」
「はい。加奈さんがまた、目の事で傷ついた時、再び現れます。もっとも、そのような事がないように願っております。それでは」
そう言い残し、ウサギは消えた。明かりも消え、真っ暗になった。
その日以来、目の事で傷つき、泣いた日は、まぶたでウサギたちは踊り、加奈を励まし続けた。
大学二年の後期が終わろうとしていた頃、午前中の講義がある日に、電車で時々乗り合わせるスーツ姿のスラッとした男性に、加奈は恋をした。
その男性は目が大きく二重で、かわいらしい顔立ちをしていた。
加奈の一目惚れだった。
その日から、ファッションやメイクに気を使うようになった。ファッション雑誌を読み漁り、特にメイクについて熱心に研究をした。
ある夜、眉毛を整える為、鏡台の前に座りハサミで眉毛を切り揃えていた。
眉毛はキレイに整ったけど、問題は目なんだよなあ…アイプチ使っても全然大きくならないし、ビューラー使ってもマスカラ使っても、まぶたはピクリともしない…
加奈は鏡の前でため息をついた。
この目のままだったらあの人に告白できない。こんな垂れ下がったまぶたの女が告白なんてしたら、気味悪がられ逃げちゃう。どうしよう……おもいきって整形でもしようかな…いや、そんな事したらお母さん泣いちゃうかも。でも告白したい…せめて少しでもあの人と話がしたい、そばにいたい…
「もうどうしらいいの?もう嫌だ…こんな目…こんな…こんなまぶた。なんでこんな目で生まれてきたの…」
加奈はうずくまり、肩を震わせ泣き出した。
目の前が明るくなり、ウサギが現れた。今日は一羽だけだった。
「こんばんは、加奈さん」
加奈はうずくまったままで返事をしない。
「加奈さん、何も言わなくていいので、私の話を聞いて下さい」
「……」
「とうとうこの日が来たようですね。加奈さん、前にも言いましたが、あなたのまぶたが消えてなくならないように私たちは存在しています」
「……」
「今のあなたにはもう、私たちが必要なくなったみたいですね。残念ですが、消えなくてはなりません」
必要なくなった?消える?
「加奈さん、今までありがとうございました。あなたのまぶたは、私たちを温かく包みこんでくれました。これまであなたと過ごした時間は、私たちにとって宝物でした」
「ちょっと待って、消えるってなに?また会えるんでしょ?」
「いいえ、お会いできるのは今夜が最後です。私たちの存在があなたを苦しめたようです。もう、あなたを解放しますね」
「嫌、待って!」
ウサギは消え、明かりも消えたと同時に加奈は意識を失った。
気がつくと、辺りは明るくなっていた。
「まぶしい…」
加奈は、照らされた朝日がいつもよりまぶしく感じた。
そっか…ウサギがいなくなった後、そのまま寝ちゃたんだ…もう、ウサギに会えないんだ…
加奈はしばらく放心していた。
「あ、準備しなくっちゃ」
ふと鏡に映る自分を見た。
あれ?私の目大きくなってない?
加奈は鏡に顔を近づけた。
「うそ…まぶたがなくなってる!目が大きくなってる!なにこれ…」
加奈は、鏡に映る大きくなった目をみて、うっとりした。
「あのウサギの目みたい…」
ウサギが言ってた解放するってこの事だったの?
「すごい…嬉しい」
加奈は、あかくひかる涙を拭った。
垂れ下がったまぶたが消え、悩みも消えた。
「もう行かないと」
今日はあの人に会えるかな。変わった私を見て欲しいな
軽くなったドアを開け、加奈は家を出た。
赤く染まったハサミと、鏡にはりついたまぶたを置いて。