雑文 #109
とにかく岸田繁漬けの12月だった。
12月4日、秋田から大阪に飛び京都へ。少し前までまるで行く予定のなかった「岸田繁交響曲第一番初演」を観にロームシアター京都へ。
なぜ行く気になったかといえば、10月頃父の病院通いで辛くてつい、京都へ高飛びしたくなったのであった。加えて知人が二列目のど真ん中の席を譲ってくれると言い、一目散に手配を進めたのだった。
正直交響曲は想像の上の上をいっていた。
岸田さんは私の好きなものを作れると信じていたけれど、それはクラシックの曲としてはどうなのか…と聴く前は少し不安で、ものっすごく緊張してたのだ。
しかし岸田さんご本人もものっすごく緊張されており、近くから見ているとじりじりとその緊張感が伝わってきた。
髪をバッサリ切ってスーツを着た、はじめての発表会みたいな岸田さん。
冒険的でさまざまな楽器があちこちから鳴る交響曲を前に私の脳内は旅に出ていた。それもどこか果てしなく遠くの旅に。
オーケストラを背に岸田さんがハンドマイクで朗々と歌い上げた「宿はなし」はもはや日本のスタンダード曲のような気がした。そして私は秋を感じた。
翌日はNHK文化センターで京都市交響楽団チーフマネージャーの柴田さんと岸田さんによる交響曲の講座を聴いた。
とても楽しくてざっくばらんな講座だった。これで曲への愛着がより沸いた。
柴田さんは、翌日東京公演でお見かけして少しお話しさせていただいたけれど、大変魅力的な方だ。
こういう人がいるからいい曲、いい演奏があるんだなぁと思う。
指揮者の広上さんへの愛情も感じた。
12月6日、オペラシティ東京にて岸田繁交響曲第一番の東京公演。
私が前回オペラシティに行ったのは、十数年前、とっても楽しいデートで、時期もちょうどこの時期で、その相手とは…三年ほど前に別れてしまったので、行くのがちょっと怖かった。
そういう場所はいくつかあるのだが、そのときは格別にきらめいていたので、複雑な緊張感を抱えオペラシティへと向かった。
しかし演奏が始まるとそんなものは吹き飛んだ。
私はなぜか会場一階のヘソのような、前後左右どこから見てもど真ん中の席が当たり、前には佐藤さん&ふぁんちゃんなどの関係者、という夢みたいな状況で舞い上がっていたのだが、そんな舞い上がりもすべて交響曲は持っていった。
第一部のQuruliの主題による狂詩曲は、くるりの旋律が素敵にアレンジされて、曲に愛着のある私はちょっとうるうるしたものだけれど、交響曲は……
知らぬ間に、大粒の涙が流れ私の膝にぽとりと落ちた。
初めてそこで私は泣いていることに気づいた。
第三楽章のときだった。
私はその主旋律がとてもとても好きだった。
なんの理由もなく、ただ美しいと思った。
のちにラジオで佐藤さんが「第三楽章の主旋律はくるりでやったことがある」と言っていて、驚きながらうれしくて、そして納得した。
私はとにかくくるりが好きなんだ。
かつて吹いていたクラリネットの音色に耳を澄ます。
涙はとめどなく流れたが、私はちっとも苦しくなくて、第五楽章が終わると心の中がすっかり浄化されたみたいだった。
アンコールの「管弦楽のためのシチリア風舞曲」を気持ちよく聴き、指揮者の広上さんのハーモニカが可愛らしい「宿はなし」を聴き終えた瞬間、時間が止まったような感覚があった。
そこは世界の中心で、自分の過去も現在も、いいことも悪いことも悩みも歓びも慈しみも愛情も憎悪も不安も期待もすべてが一体となった気がした。この一瞬は忘れまい、そう思った。
12月13日、恵比寿リキッドルームでサンフジンズとCreepy Nutsのライブ。
岸田さんのギタープレイを間近で観る。
私の好きな赤いストラトいっぱい弾いてくれる。
岸田さんの愛器の古いテレキャスが鳴ると「くるりの音だ!」と心が沸き立つ。
「くるりみたいで好き」と思っている自分に「じゃあくるりでいいじゃん」とツッコむ。
サンフジンズじゃ足りないよ。
でもくるりのライブ行けないんだもの…
12月14日、高崎へ。
くるり好き(というかマニア)の友人が高崎周辺を案内して家に泊めてくれる。
交響曲を作ったスタジオもあり、岸田さんのソウル・ラーメンもあり、「そばを食べれば」(JRの駅そばキャンペーンソング)の聖地高崎。
富岡製糸場なども見学し、充実の小旅行だった。
群馬の人には訛りが少ない。
さんざん遊んだ帰りに駅のホームで駅そばを食べながらループする「そばを食べれば」を聴いていたら、驚くほど染みた。
寒い日だったので、おそばの汁で温まり、それと同時に終わりの時間が来たことに切なくなる。
でもまた来るよ、とこの歌は思わせるのである。
12月18日、NHKホールにて矢野顕子主催のさとがえるコンサートwith TIN PAN、ゲストに岸田繁。
三階の後ろの席(でもど真ん中)で観た。
8年前音博で初めて観て度肝を抜かれた矢野顕子さん、いつも安心させてくれる素敵な細野晴臣さん、林立夫さん、超絶ギタリスト鈴木茂さん…
大先輩をバックに岸田さんはまたもや緊張しておられた。
矢野さんとの「PRESTO」のハーモニーも矢野さんリクエストによる名曲「Remember me」もよかったが、圧巻は「東京」だった。
ここで「東京」⁉︎思わず声に出そうになった。
ギターは私のイチオシの赤ストラトである(アンプも赤)。にやにやしてしまう。
柔らかな矢野さんのピアノと声と、先輩方の厚い演奏に包み込まれた「東京」はいつもの「東京」とは違って、心に強く刻まれた。
アンコールで岸田さんが三線を弾いた「ルーチューガンボ」からラストへの流れを観ていたら、この人たちは本当に音楽だと感じた。
そうして私はまた「くるりが観たい」というループに陥る。
岸田繁はくるりだと思う。
でもくるりは岸田繁、ではないのだ。
なぜこんなにも私の心を揺らすのか。安心させるのか。踊らすのか。泣かすのか。ギュッと切なくさせるのか。温めるのか。
まぁ、大好きだからなんだろうな。