【短編小説】栗ごはんをちょっと食べたかっただけなのにSF♪
今日は絶好の行楽日和♪
雲一つない、快晴の青空。程よく暖かで、風はそよいでいる。
私は体操選手。次の大会の演技プランを、一人歩きしながら考えたくて、近くの山のハイキングコースに来ていた。
清々しい山の匂いや鳥のさえずり、川のせせらぎが、私の歩みを心地よく進めてくれる。ときどきすれ違うハイカーたちと挨拶を交わしながら、休日を満喫していた。
別れ道では、いつもと違う道を選ぶ。初めての景色に、また、違うアイデアが思い浮かぶかも知れない。
しばらく歩くと、洞窟があった。覗くと、向こうから光が差し込んでいる。距離も短い。向こうからハイカーの人たちが談笑しながらやって来る。
「よし、行ってみるか!」
私は洞窟内に歩みを進め、すれ違うハイカーたちと挨拶を交わした。
洞窟を抜けると、そこは雪国だった……、ってことはなく、のどかな田園風景。その向こうには、古い町並みが広がっている。
「へぇ~、こんな山奥に、人里があったなんて」
私は洞窟を下り、田園を抜け、古い町並みを散策。過疎地なんだろう、なかなか人に出会わない。
しかし、お昼の時間帯。家々からは、お昼ご飯の支度をする、美味しそうないい匂いが漂っている。
古いめし屋さんらしき横の、細い路地を通り掛かると、格子窓の奥から、男性客の談笑する声。「栗ご飯……、旨味たっぷり……、云々かんぬん」が、チラリと聞こえた。
「あ~~~っ、美味そう!」
私の頭の中は、一瞬で、栗ご飯に占拠されてしまった! これが食わいでおられるかいっ!
大きな三角おにぎりを3つ持って来ていたので、一膳だけ、栗ご飯を頂こうと、正面に回る。
別段、めし屋さんとは書いていなかったが、茅葺き屋根の佇まい。玄関先から、声を掛けた。
「すいませ~ん!」
何度か声を掛けたが、一向に、返事がない。
「すいませ~ん! こちらさんで、旨味たっぷりの栗ご飯が頂けるんでしょうか~!」
すると、奥から 、サササササッと、侍風情の男が2人、腰の刀を今にも抜かん勢いで、眼前に現れた!
「貴様、何者!」
「えっ?」
家臣らしき侍が上役の前に立ち、私に睨みを効かせた。上役が不敵な笑いを浮かべ、家臣の後ろから、のっそりと呟いた。
「おぬし、我らの企てを、盗み聞きしたのであろう!」
「えっ、何がです?」
私は聞き返すとはなしに聞き返した。
「とぼけるな! 今、九里後藩、旨みたっぷり等と申したではないか!」
「は、はい~……」
家臣の目がさらに鋭くなった。
「九里後藩、国家老・門藤武要之介と知っての狼藉かっ!」
「は、はいィ~?!」
「冥土の土産に聞かせてやろう」
「いえ、結構です!」
「幕府御禁制の品を、我ら九里後藩、そう、抜け荷で莫大な利益を貪っておるのじゃよ! 九里後藩、旨みたっぷりじゃ! ハッハッハ!」
「聞いてません! 聞いてません! 何も聞いてませんから、お助けを!」
「ええいっ、もはや問答無用! サッサと斬り捨ていっ!」
「ハハァッ!」
家臣は、返事をするや否や、疾風のごとく刀を抜き、私に斬り掛かって来た!
私は体操選手。とっさに身体が反応し、バク転3回で剣をかわした。
「貴様、公儀の隠密か?」
「えっ? コレ、何か、テレビのドッキリですか?」
「何を訳の分からぬことをッ! 貴様のその風体、どこの忍びじゃッ!」
「『どこの忍びじゃッ!』と言われましても、ハイキングのカッコですけど……」
「ええいっ! 意味の分からぬ異国の言葉っ! 益々怪しい奴ッ! 早う斬り捨ていッ!」
「ハハァッ! おのれ~~~、叩っ斬ってやる!」
再び家臣が剣を振り回し、私に襲い掛かって来た! 私もオリンピック候補選手の端くれ。そう易々と、ケガをさせられている場合ではない。バク転、側転、バク中等々織り混ぜながら、まさに、忍者のごとく、逃げ回った!
どうやら、私はタイムスリップしてしまったらしい……。
とにかく、あの洞窟まで戻らねばッ!
と、そのとき、リュックのポケットから、ポロリ……。葛湯の包み紙だった。
そうだ、ハイキングの休憩時に、温かいお湯で溶いて飲もうと思っていた、包み紙をただキュッと捻っただけの葛湯の粉。
「覚悟~ッ!」
斬り掛かって来た家臣に、私は、とっさに、それを投げつけた。
「うわッッッ!!!」
目潰しのごとく、家臣の目にヒット!
「曲者じゃ、出やえ~ッッッ!!!」
家老が他の家臣を呼んだ!
さすがに、複数人で斬り掛かって来られては、逃げ切れない。私はとにかく必死で、洞窟目掛けて走りまくった!
「待て~~~ッッッ!!!」
複数人の追っ手。何人かは分からない。振り向く余裕なんてない!
古い町並みを抜け、田園の一本道に差し掛かった! 洞窟が見えて来た!
しかし、目の前からは、一本道いっぱいいっぱいに、収穫した野菜をたくさん載せた荷車を引く、お百姓さんご家族がッ!
「待て~~~ッッッ!!!」
「ヤバイよ、ヤバイよ~ッ!」と、必死に逃げる私と、刀剥き出しでその私を追う侍たち。
正面から迫り来る私たちに、恐れおののくお百姓さんご家族は、荷車から離れ、それぞれ田んぼの中へ飛び込んだ!
荷車で塞がった一本道に、
「おのれ~~~ッッッ!!! 観念せいッッッ!!!」
侍たちが私を追い詰めたと思った瞬間、
「エイッ!」
私は、最高の助走で踏み切れた跳馬のごとく、荷車のてっぺんを軽く両手でタッチして飛び越え、着地もバッチリ! そのまま洞窟まで逃げ切ることが出来た。
洞窟を逆戻りし、現在に帰って来ることが出来た。しばらく、洞窟を振り返りながら走り続けたが、侍たちが、タイムスリップして現在まで追って来ることはなかった。
「あ~、恐かった~」
とりあえず、キャンプ場近くの、人気の多い木のベンチに腰を掛けた。
「ただ栗ごはんが食べたかっただけなのに、とんだSF体験だったな~」
ホッと一息。水筒のコップにティーバックを一つポトリッ。パンティのティーバックではない、ニャハ♪ お茶のティーバックに暖かいお湯を注ぐ。そして、お茶を、1杯、2杯、おっぱい、……違うか♪
喉をゆっくり潤すと、急にお腹がグ~~~ッ。私は、持って来ていた大きな三角おにぎりを、3つともペロリ♪
キャンプ場では、子供たちが駆け回っている様子や、バーベキューで盛り上がっている様子等、微笑ましい光景が広がっていた。
とりあえず、一息ついたし、ゴロンとひと眠りしたかったが、万が一にも、追っ手にに見つかるなんてことも、なくはない。眠くならないうちに、駅へと行ってしまおう。
ハイキングコースを経て、ゴール地点の駅はと言うと、スタート地点の駅からは3駅進んだ駅となる。
すれ違うハイカーと、挨拶を交わしながら、自然と、平穏な休日の空気を取り戻していた。
夕方に差し掛かりつつある時刻、駅が見えて来た。程よく、お腹も空いて来た。
駅前の老舗食堂には、『栗ごはん』ののぼりと、『カツオのたたき』ののぼりが立っていた。
「さっき食べ損ねた栗ごはん! ここで頂こう!」
足取りも弾んだ♪
ー ガラガラガラ…… ー
「はい、いらっしゃいませ~! お好きなお席どうぞ~♪」
「ありがとうございま~す♪」
活きのイイおやっさんの声が心地よく、何とも言えない安心感。窓から外が見える席に着いた。
「何いたしやしょう?」
おやっさんがコップの水をテーブルに置いてくれた。
「カツオのたたきと栗ごはん定食、お願いします♪」
「あいよっ♪」
下山して来るハイカーたちを眺めながら、定食を待つ。まぁ、若干、追っ手の侍たちも警戒しながら♪
「へい、お待ち~♪ カツオのたたきと栗ごはん定食です♪ ごゆっくりどうぞ~♪」
「あ、ありがとうございます~♪ 頂きま~す♪」
大きな大葉2枚の上に、脂の乗った大きなカツオのたたきが7枚。その上に、オニオンスライスとネギ、おろし生姜がたっぷり乗っている。そして、大きな栗がたくさん入った大盛りの栗ごはん! お豆腐とナメコの入った赤出汁と、野沢菜のお漬け物が付いている。
早速、カツオのたたき、栗ごはんを一口ずつ頂き、赤出汁を一口すすった。
「うわ~~~、めちゃくちゃ美味しいッッッ!!!」
野沢菜も、ショリショリショリ! 食欲に拍車が掛かる!
「おやっさ~ん!」
「あいよっ!」
「めちゃくちゃ美味しいです♪」
「ありがとうございやす♪ カツオは、炙り立てを、たたっ切ってやすんで♪」
「た、『叩っ斬る!』?」
一瞬、ドキッ!
入り口の暖簾を確認すると、『お食事処・門藤』の文字。
いや、まさかと思いつつ、おやっさんに、
「昔、この辺りのお国家老さんって、確か『門藤さん』っておっしゃったと思うんですが……」
と、訊ねてみると、
「よくご存知で! そうなんですよ、あっしゃ~、一応、その方の末裔ってことでございやして」
「へぇ~~~、そうなんですね! 世が世であれば、おやっさん、お殿様ですね!」
「いえいえ~、アハハ~♪」
ー ガラガラガラ~…… ー
「はい、いらっしゃい! あら、団体さんですね、お席足りますかね~?」
私以外の席は、侍風情の人たちで埋め尽くされた。私は両隣りに座られた、恐らく斬られ役なんだろう役者さんたちに、
「今日はこちらで時代劇の撮影ですか?」
と、訊ねてみた。
すると、彼らは、ただ眼光鋭く、私をニヤリ。
おやっさんの方に目をやると、おやっさんも、私をニヤリ……。
ゴクリッ!
私は生唾を飲み込み、「テレビのドッキリであってくれ~!」と、祈る思いで、店内外に、番組スタッフさんらしき人たちを、目で探してはいるのだけれど~……、
んっ???
背筋を伸ばして座り直すと、
ツツツツツ~……、
私の頭からは、一筋の冷や汗が、右のこめかみ付近を伝って、流れ落ちた。