見出し画像

『リコリス・リコイル』:物語での正義と悪のバランスについて

よう、ヒーロー」 クライマックスの戦いで真島が千束にこう呼びかける。個人的には初見で印象に残らなかったが、このシーンは『リコリス・リコイル』のジャンルが「スーパーヒーロー」であることを如実に示している。
秘密裏に日本の平和を維持するDA(Direct Attack)とリコリスたち。それを欺瞞だとして混乱を画策するテロリスト。今回はこの物語で悪役がどのように描かれたのかをみていきたい。


テロとの戦い

テロリストとの戦いといえば、古典的名作『ダイ・ハード』(1988年)だ。『リコリス・リコイル』の作中では『ガイ・ハード』ともじられているが、映像作品の制作に関わる人が『ダイ・ハード』を未視聴という可能性はゼロだろう。

『リコリス・リコイル』 アニメシーズン1より

テロリストを敵役とする物語を創作するとき、『ダイ・ハード』の影響から逃れることは誰にもできない。そして、ここで考えるべき重要な点は『ダイ・ハード』のジャンルは「難題に直面した平凡な奴」ってことだ。

(『ダイ・ハード』で描かれた)この対立はまた、ヒーローと悪役が完璧にフィットしている例でもある。もしブルースが一般市民だったら、信憑性は薄らぐ。引退したCIAの諜報員では、あまりにありきたりだ。警官で筋肉ムキムキTシャツで45口径というバランスがぴったりなのだ。

ブレイク・スナイダー『SAVE THE CATの法則』株式会社フィルムアート社より

計画的犯罪を実行する武装テロリスト集団。それに対するのは、たまたまその場に居合わせて事件に巻き込まれた1人の平凡な警官。武器は拳銃1丁。このバランスがぴったりで、映画の面白さにつながっているのだという。

この『ダイ・ハード』に対して、『リコリス・リコイル』もテロとの戦いを描いているが、こちらのジャンルは以前のエントリーで紹介したように「スーパーヒーロー」で、

  • 千束は特殊な訓練を受けた戦闘のプロ(リコリス)

  • しかもファーストリコリス

  • さらに言うなら、歴代最強のリコリスと評される逸材

という設定になっている。そのスーパーヒーローがDA(Direct Attack)という対テロ専任組織と全面協力しながらテロリスト(真島たち)に対峙する内容だ。

もちろん、二つの作品ジャンルが異なることを加味する必要はあるが、『リコリコ』の設定で正義と悪のバランスは釣り合ってない。

真島
(『リコリス・リコイル』 アニメシーズン1・第10話より)

あえて擁護するなら、DA(Direct Attack)は色々とザル過ぎるアレな組織なので、その分は大幅に差し引く必要があるのと、テロリスト・真島の得体のしれない神出鬼没さは表現には苦しむが、とにかく何だか凄そうな(語彙力)能力の裏付けや組織のバックアップがあるかもしれず、その分は敵側の戦力をプラス評価する必要もあるだろう。まぁ、それにしても、、、という設定であることは免れない。

悪者はとことん悪者に

物語の基本原則によれば、悪役は徹底的に悪として描くのが鉄則だとされる。しかも、悪役は物語を通じて変化しない(≒成長しない)ので、それゆえに正義(≒主人公)に敗れ去るのだが、これまた『リコリコ』の場合、悪役の真島は、

  • 千束と初対峙したとき、動機はイマイチ不明ながら、なぜか千束を殴る(致命傷を与える攻撃意思が弱いような演出)

  • 巧妙に隠された千束の住まいを特定して侵入するが、千束に対する害意は全く感じられない

  • 最終決戦の途中からは、千束と茶飲み友達のようになる
    (つまり、千束に感化されて変化したようにみえる)

という具合だ。

茶飲み友達
(『リコリス・リコイル』 アニメシーズン1・第13話より)

これでは真島は徹底的な悪とは呼べない。実際に物語中でも、

あんたですら自分を正しいと思ってるのね
ほんとのワルは、やっぱ映画の中だけ、か

『リコリス・リコイル』 アニメシーズン1・第13話より

と千束が真島を評するセリフがある。この煮え切らなさはなんだろう? 『リコリス・リコイル』はよくできた物語だし、覇権アニメと評されるほどの人気もある。しかし、私個人としては見終えたときの爽快感に欠ける印象だったのは、やはり悪の描き方が中途半端だったからだと思う。

続編に向けて

『リコリス・リコイル』は新作アニメの制作が発表されているが、もし映画やシーズン2などの大作の場合、シーズン1からの改善が必要になるだろう。個人的に考える主なポイントは以下の通りだ。

  • 新たな悪役が必要
    真島はいい人過ぎて、千束と分かりあってしまったので、根っからの悪役を新たに登場させる必要があると思う。その敵がテロリストなのもやめた方がよいだろう。

  • ヒーローの葛藤を描き続ける
    「スーパーヒーロー」ジャンルの物語で、視聴者が主人公に共感するのは、ヒーローやヒロインも苦悩や葛藤を抱えているからだ。ここを疎かにして続編がコケるパターンが多いそうなので、要注意だ。

  • スーパーハカーの能力はほどほどに
    シーズン1ではウォールナットもロボ太も超絶スーパーハカー過ぎだったと感じる。サイバー攻撃やITシステムのハッキングを描くなら、専門の監修を付ける必要があるのではないだろうか。

  • DA(Direct Attack)は組織能力の底上げを
    シーズン1のDAは大掛かりな組織の割には、あまりにも細部がお粗末だった。ここは改善が必要だと思うが、思い切ってDAに関する描写をコメディタッチにするのは一案かもしれない。

個人的にも新作は楽しみではあるが、コアなファン向けの小編を2,3本作るのが無難な気がする。

新作はシーズン2へのつなぎになる小編でいかがでしょう


※続きはこちら

参考情報

本ブログで使用している物語のジャンル名(「金の羊毛」「バディとの友情」など)は下記エントリーで紹介しているので、興味があればご参照ください。

https://note.com/momokaramomota/n/n59516100fd93


この記事が参加している募集