『ガールズバンドクライ』:結局「道端のリンゴ」は何だったのか
『ガールズバンドクライ』に関して、これまでにいくつもの感想や考察を書いてきて何とこれが12本目だ。これほど創作意欲を刺激する名作に出会えて感謝している。
最後に(ホントに最後とは限らないけど)、これまで何度か話題にした「道端のリンゴ」が本作では結局何だったのか考えたい。
あらためて「道端のリンゴ」について
「道端のリンゴ(Road Apple)」とは「金の羊毛」ジャンルの物語にしばしば登場する要素で、主人公たちの成功が目前になった段階で登場し、その成功を阻むものの総称だ。
過去のエントリーで書いたように、私は当初、本作での道端のリンゴはトゲナシトゲアリのメジャーデビューに関わる何らかの障害だろうと予想した。
ところが、第11話のフェスで成功をおさめたトゲナシトゲアリはごく順調に事務所との契約を獲得して予想は外れ。となると、
物語の残り時間は2話しかなく、可能性は限られている
道端のリンゴに相当するのは、ダイダスとの対バンしかありえない
であれば、対バンは敗れる展開になるはずだ
と予想した。これはほぼ的中していた。
以上がこれまでに私が取り上げた「道端のリンゴ」に関する話題だが、正直に言うとイマイチしっくりきておらず、自分自身でも納得していなかった。そこで、もう一度詳しく作品を振り返ってみたい。
物語展開の典型について
『SAVE THE CATの法則』(ブレイク・スナイダー著)に著者の考案した「BS2(ブレイク・スナイダー・ビート・シート)」という物語の典型的な展開パターンが出てくる。主に脚本家がオリジナルの脚本を制作する際のフレームワークに利用することを想定したもので、当然、物語の分析フレームワークとしても役立つ。
これを参考に『ガルクラ』の構成を整理した上で、「道端のリンゴ」を見極めたい。
もちろん、「脚本家はこれ(BS2)を利用して作品構成を考えたわけではないでしょ」という批判があると思うが、結果的にトゲトゲの成功は阻まれたのだから、この考え方(BS2)で分析しても参考になる結果が得られるはずだ。
以下に「BS2(ブレイク・スナイダー・ビート・シート)」の後半部分の構成とその概要、および『ガルクラ』ではどの部分が当てはまるかを独自解釈のもとに列挙していく。
ミッドポイント
最終的にハッピーエンドとなる物語で、主人公たちが一度見せかけの勝利を得る箇所。後述する「すべてを失って」と対になる『ガルクラ』では第11話のフェスでの成功、そして事務所と契約できたこと
迫りくる悪い奴ら
成功を目指す主人公たちを逆境に追い落とす敵対勢力。人だけでなく物や現象のこともある『ガルクラ』ではダイダスのヒナとその背後にいる事務所のマネージャーもしくはプロデューサーが敵対勢力だ。最終的にはボツになったそうだが、悪役プロデューサーとの対決~勝利をクライマックスとする脚本案もあったそうだ。
もう一つ、悪役ではなく現象だと捉えると、デビュー用の新曲作りに苦戦したことが相当すると考えている。これは後ほど深堀する。
すべてを失って
クライマックスを前にして主人公たちが絶不調になる箇所『ガルクラ』では、「再生回数103、何だ、これ」から「再生数が伸びない、チケットが想定の3分の1も売れてない」となり、対バンの負けが決定的になるところ
心の闇
絶不調に陥った主人公たちが悩み、葛藤する箇所『ガルクラ』では、売れないのは「曲に問題がある」ためで、自信作だったのにどこがダメだったのかと悩むところ
また、ダイダスから持ち込まれた対バン形式の変更を受けるか、受けないかの葛藤も含む
第2ターニングポイント
葛藤の末に光明を見出し、主人公たちが逆転勝利の解決策を見つける箇所『ガルクラ』では、対バンでの勝ち負けという目先のことよりも、5人の仲間の絆が重要だと気づく箇所
「この5人でずっとやっていきたい」「結論出ましたね」となり、トゲトゲの5人は本当に大切なものを手に入れた。これこそが勝利なのだ
そして物語はライブシーンでフィナーレを迎え、ファイナルイメージで締めくくられる。
さて、振り返ってみて、あらためて気づいたのはメジャーデビュー用の新曲作りに苦戦したストーリー展開の重要性だ。この部分をさらに深堀してみよう。
新曲作りに苦戦した意味
第12話の大部分を占めたのが、トゲナシトゲアリのデビューシングル作りだ。私は音楽は全くの素人なので、各シーンで曲のアレンジにどんな変遷があったのか想像できないが、要点を振り返ってみると、
作詞は桃香。メンバーと鍋を囲んでいるときに「曲のアイディア、タイトルを思いついた」「みんなをイメージした」「自分たちのことを表現した」と発言
レコーディングを始めるが思うように仕上がらず「こういうのウケない」「古い」「やり直してみるか」と悩む
ダイダスとの対バンの話がメンバーに伝わる
作曲に悩む。「しっくりこない」「作り直した方が早い」と自暴自棄になる
仁菜がこれは「桃香さんの歌」「私たちの歌」だと原点に立ち返るように促す
という流れだ。
ダイダスとの対バンの話も絡め、桃香は「こわい、また失ってしまうんじゃないか」とも発言しており、このあたりにも悩みの源泉がありそうだ。以上の状況から桃香の悩みや葛藤を推測すると、
トゲナシトゲアリで絶対に成功したい。そのためにいい曲を作りたいと意気込み過ぎている
それはダイダスでの失敗があったから。1人で脱退し、自分が引き連れてきたダイダスのメンバーを裏切る形になったことを後悔している。あの寂しさを繰り返したくない
自分が新曲で表現したいものと、客(市場)が望むものがズレている気がする。何を基準に作曲すべきなのかわからない
となるだろう。
運命の華
最終的に桃香とメンバーたちはどの方向性に決めたのか?
できあがった『運命の華』を聴けば明白だが、桃香と仲間たちは自分たちが表現したいものを貫いた。それは桃香の視点で主に仁菜という信頼できる仲間と出会えたことの喜びを曲にぶちこんだものだった。
これまでのトゲナシトゲアリは桃香や仁菜の怒りや哀しさを込めた曲を発表してきた。そうした曲でファンをつかみ、フェスで確かな爪痕を残し、事務所との契約にこぎつけたのだが、今回の新曲作りの段階では喜びを表現したい気持ちが勝っていた。
ダイダス時代の桃香は仲間を連れだした責任者として、バンドのリーダーとして、メンバーを率い支える立場でいつも張り詰めた気持ちで成功を目指してあがいてきた。そして大きな挫折を味わい、一人になり、音楽活動の継続を諦めていた。
しかし今は違う。桃香には新しい仲間がいる。自分を率いて、支えてくれる信頼できる仲間に出会えた。その喜び、あふれ出る思いを素直に曲で表現することを彼女たちは選択した。
喜びを表現の中心に据えれば、実績を積み上げてきたこれまでの曲調とは変わってしまう。それが「ウケない」という予感はあった。それでも喜びを表現したかった。なぜならば、
だって君と出会い 芽吹いてしまった 運命の華
なのだから、桃香が挫折を乗り越えて立ち直った経験をもとに作られたトゲトゲの新曲が、物語のあの段階で喜びの表現となって発露することは必然だったのだ。
以上振り返った内容から総合的に判断すると、『ガールズバンドクライ』での「道端のリンゴ」はダイダス時代の桃香の挫折経験だったと考えられる。このリンゴは本作第1話の段階で既に仕込まれていた。そしてもうお気づきだろう、この物語展開は『ガールズバンドクライ』のイメージポスターに明示されていた。
怒りと哀しさをぶちこんだ曲作りから、喜びをぶちこんだ曲作りへの変遷。仁菜と桃香の偶然の出会いから始まったこの物語は、様々な展開を経て、必然の結末にたどり着いた。あぁ、完璧だ、完璧なシナリオだ。
本作の終盤の展開に関してはあれこれ注文を付ける感想を今でも目にするが、私としては、これほどまでに緻密に設計された完成度の高いストーリー展開は他にないと考えている。いまだに深い余韻の残る、素晴らしい物語だった。ありがとう。この作品との出会いに感謝している。
参考情報
本ブログで使用している物語のジャンル名(「金の羊毛」「バディとの友情」など)は下記エントリーで紹介しているので、興味があればご参照ください。
https://note.com/momokaramomota/n/n59516100fd93
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