『サクガン』:「Project ANIMA」第1弾アニメ、これは期待できる!はぁずだ~たのにぃ~
最近急にオリジナルアニメの貴重さに気づいて、いろいろと調べていたら本作が見つかった。厳密にはこれをオリジナルアニメと呼べるか意見が分かれるかもしれないが、関係者の努力が「どうしてこうなった?」と感じたので、思いつくままに感想を述べたい
「Project ANIMA」について
本作はオリジナルアニメ制作プロジェクト「Project ANIMA」の第1弾作品だそうで、私もこの表現に釣られた。時系列の詳細は不明だが、もともと投稿サイトに連載していた小説があり、それをこのプロジェクトに応募したら「SF・ロボットアニメ部門」の準大賞を受賞してアニメ化されたらしい。
既存の人気マンガ・ラノベに頼らず、新たなコンテンツを生み出す/発掘する試みは面白いと思う。しかし、上記公式サイトを見に行くとリンク切れ多数で廃墟も同然。一体何があったのか?と逆に関心が沸いてくる。
ちなみに現在(2024年秋アニメ)、本プロジェクト出身の『魔法使いになれなかった女の子の話』の放映が始まっているが、その最新情報も上記の公式サイトには掲載されてない。
このプロジェクトはほぼ死に体のようだが、書きながら調べたところでは、本プロジェクトで選出された原案は3社のスタジオ(サテライト、J.C.STAFF、動画工房)が制作を担当することが決まっており、対象3原案を選定して役目を終えたのかもしれない。(にしても、この状態で放置するのはどうかと思うけど)
『サクガン』について
私がアニメ視聴に長時間を費やす生活スタイルになったのはここ2年くらいなので、「Project ANIMA」はこれまで全く知らなかった。
一応オリジナルアニメ扱いということで本作を応援のために見始めたのだが、うーん、正直これはキツイ。第6話時点で「もう無理」と断念しかけたが、何とか気力を振り絞って第8話まで視聴してこれを書いている。でも、今度こそ無理かも。
『サクガン』は「Project ANIMA」の第1弾作品として当時かなり大々的にアピールしていた雰囲気があるのだが、結果としてこれは成功しなかったのではないか? どうしてこうなった?
作品の好みは人それぞれだし、関係者の努力や苦労を知りもせずに上げ足を取るのはよろしくないが、個人的にどんな点が私の好みに合わなかったのかを列挙すると、
物語のテーマが伝わらない
本作は主人公となる父娘のケンカのようなドタバタ劇で幕を開ける。一般的にはこの部分が「テーマの提示」となり、本作は家族愛・親子愛がテーマと予想されるが、そうしたエピソードがその後ほとんど登場せず、父娘のいがみ合いばかりが続く印象だ。
第8話でようやくそれらしいエピソードがあったが遅すぎる。普通の視聴者はここまで見てくれないだろう。物語の世界観を理解できない
第1話で主人公たちが地下に作られた町(他の町とは区切られ独立している)で生活していること、町の外に出れば他の町に行けるが道中は非常に危険なことなどが語られる。
その町にカイジュウが現れ、主人公たちが窮地に陥るのが物語のオープニングなのだが、その後、町の外に出ると危険はどこへやら、結構のどかな環境だ。カイジュウも出てこない。この世界では何が起こって、何が起こらないのか見ていて理解できない。この予想のつかなさは物語の面白さにつながっていない。主人公の欲求が弱い
物語の冒頭、主人公の女の子が「夢に出てくる場所へ行きたい」と町から外へ出ることを強く希望するが、その理由が不明だ。なぜ危険を冒して(といっても、結果的に町の外に大きな危険は感じられないが)今の生活を捨ててまでそこへ行きたいのか視聴者として理解できないので、その後の行動の多くに共感を持てない。共感できない主人公の物語を見続けるのはツライ。周囲の登場人物やエピソードの必然性が感じられない
物語のテーマや主人公の根源的欲求が曖昧なので仕方ないと思うが、物語の途中に登場する人物や各種エピソードに必然性が感じられない。その人物は主人公とどんな関係性を築くために登場したのか?このエピソードで主人公はどう行動し、何を学んび、どう変化したのか?よく理解できない。
という感じだ。あまり文句ばかり言うのは忍びないのでここまでにしよう。
どうしてこうなった?
私はアニメ製作/制作については門外漢で、知識と言えば『SHIROBAKO』を見たことがあるくらいだ。よって、ここからは全くの妄想だが、もし私が本企画に関わる中の人だったらどう考えるか?そのときどんなことがおきるか?想像してみる。
オリジナルコンテンツは魅力的(もしヒットすれば)
これは「Project ANIMA」に関してWikipediaに書いてある通りだが、アニメ化する原作(マンガやラノベ)の権利獲得は競争が激しく、例えば『週刊少年ジャンプ』のアニメ化権などは獲得が非常に困難だそうだ。そうした状況下で強いコンテンツを持つ出版社は利益がうなぎ登りの状況にあるらしい。
そこで、アニメ化候補のコンテンツをいろいろと探し、権利争奪戦に苦戦した挙句、「一から発掘するか」となるのは発想としてあるあるだ。
「Project ANIMA」の参加企業をみると、オリジナルコンテンツを持ってない(もしくは、持っていても豊富ではない)ようなので、こうしたチャレンジをしたのだろう。相当大変だったと思う。私なら遠慮したい。
受賞作をどう選定するか
「Project ANIMA」への応募作品は8000を超えていたそうだ。ここから優れた原案をどう選定するのだろうか? 当然、「アニメがヒットする原案」が欲しいわけだが、そんな目利き力があったら苦労はない。何がヒットするかは誰にも判別できないからだ。
そう考えると、原案に期待するのはアニメ化を含めたビジネスの広がりだろう。プロジェクトがあった2018年はちょうどアニメのパッケージ売上と映像配信売上の逆転が起きた年だ。
パッケージ売上で儲けが期待できないなら、キャラクター商品化や関連音楽の売上を期待するところだ。もちろん、原作小説があってそれも売れるとよいが、既存の人気原作でないからこそ本プロジェクトの意義があるわけで、人気原作でない原案レベルの作品に大した売上は期待できないだろう。
そもそも、「SF・ロボットアニメ部門」というのがニッチな感じで、これでビジネスの広がりを狙う時点で無理があるようにも感じる。一応、商品化ということでは製作委員会にも入っているバンダイからプラモが発売されていたようだ。
上記サイトを見に行くと、
と書いてあるのだが、他の情報は見当たらない。Amazonを見に行ったら定価の半値で叩き売られていた。いたたまれない。
才能は発揮されなければ才能とは呼ばない
アニメの原案を発掘するプロジェクトは挑戦的な試みだが、そこからダイヤの原石は見つかるのだろうか。そんな優秀なクリエイターが人知れず埋もれていることがあり得るのだろうか。ここは私の感覚では全くわからない。
ちなみにプロジェクト第2弾の『魔法使いになれなかった女の子の話』のアニメ公式サイトを見に行くと、原案担当者のこんなコメントが掲載されている。
これに尽きると思う。やはり、優れた作品は優れたクリエイターによって生み出される。もちろん、成功の方程式は存在しないので、思い通りの結果が出ないことはあるだろう。
「Project ANIMA」自体は興味深い試みだったと思うが、ダイヤの原石はそうそう埋まってない。もし光る才能があるなら、それはどこかで発揮され、既に誰かの目に留まっているはずだと思うが、言い過ぎだろうか。
とりあえず、『サクガン』の視聴をこのあとどうするかは思案するとして、放映中の『魔法使いになれなかった女の子の話』の行く末もちょっとだけ気に留めておくことにする。