『映画けいおん!』中野梓(あずにゃん)への贖罪の物語
『映画けいおん!』を久しぶりに見た。通算2回目で細部はほぼ忘れていたが、あらためて気づいたのは、これは『けいおん!!』最終話で悲劇に見舞われた中野梓に対する制作者からの贖罪の物語ではないかという仮説だ。
悲劇のヒロイン
誰もが幸せであるはずの日常系アニメ『けいおん!』および『けいおん!!』(以後、TVアニメシリーズ完結となった『けいおん!!』で通す)の中で、悲嘆にくれて物語を終えた唯一の人物が中野梓(あずにゃん)だ。
これは原作マンガとアニメを一体と見るか別作品と見るかで意見が異なるだろうが、私は基本的に原作は読まないアニメ一筋派なのでこのように捉えている。
『けいおん!!』の最終回が悲劇の舞台で、3年生の4人が卒業して軽音部に1人残された中野梓はこの先どう放課後の時間を過ごせばよいのだろう。そもそも、彼女がこんな境遇に陥ってしまった原因は何だろうか。これについて、『けいおん!!』の物語構造から読み解いていきたい。
「バカの勝利」について
以前下記エントリーで紹介したとおり、物語にはいくつかの基本ジャンルがあり、『けいおん!!』を当てはめるなら「バカの勝利」だと私は解釈している。
このジャンルの物語は次の基本構造を持っている。
一見するとバカのように見える主人公
典型的な主人公は周囲からバカにされ、見過ごされている人物であり、たいていは自分が持つ能力をよくわかっていない。
言うまでもないが、『けいおん!!』では日本アニメ史上屈指の愛すべきバカである平沢唯がこれにあたる。主人公と対立する権威
高校生活が舞台の『けいおん!!』で権威に相当するのは本来は校則や教員だろう。また、いわゆる「スクール・カースト」も当てはまりそうだ。
しかし、物語のタイトル通り、放課後の軽音部を活動の中心とする主人公は、そうした権威とは隔絶した存在として描かれているのが『けいおん!!』の特徴だ。バカにもたらされる変質
天与のように思われる事情でバカにもたらされる変質がこのジャンルの定番で、そこにはしばしば「名前の変化」も含まれる。
『けいおん!!』では、これまでの人生で主体的な行動がほとんどなかった主人公が高校入学後に「軽い音楽」だと思って軽音部に入部したこと、そして同級生とバンドを組み「放課後ティータイム(HTT)」と名前を変えたことが変質にあたる。まさに定義にピッタリだ。
こうした必須3要素に加えて、「バカの勝利」の物語に頻出するキャラクターが「インサイダー」だ。前回のエントリーでは主人公の幼馴染をインサイダーと見立てたが、実は中野梓こそがインサイダーだったと思えてきた。
そのインサイダーの特徴は、
主人公の身近にいる
主人公の潜在能力に薄々気づいている
しかし、主人公が成功するとは思っていない
そして、主人公の身近にいるからこそ、その行動に巻き込まれ、主人公が成功するのに反して痛い目を見るのがインサイダーが担う役割の定番だ。
梓はまじめに練習しない先輩たちを叱咤し、ゆるみがちな軽音部の雰囲気を引き締める役割のキャラだ。
「こんなんじゃ駄目です!」が口癖だが、そんな梓の心配をよそに平沢唯を中心とする軽音部の放課後ティータイムは文化祭や新歓ライブなどの重要な場面で次々と成功を収めていく。まさに「バカの勝利」だ。
そして、『けいおん!!』の物語で平沢唯が根こそぎ勝利をさらっていった後に残されたのがインサイダー・中野梓だったというわけだ。
物語の時系列と経緯
今回、あらためて『映画けいおん!』とそれに関わるエピソードを見直した。やはり『けいおん!!』最終話(第24話)のラストは、
などのクスっとさせるネタはあるものの、梓の立場ではどうしようもなく悲劇だった。そこで劇場版の出番だ。
物語の世界での時系列は、
『けいおん!!』番外編「計画!」
唯たち3年生に卒業旅行の計画が持ち上がり、海外旅行を念頭にパスポートを取得するエピソード。劇場版の伏線ネタが盛りだくさんだ護身術の練習
英語の練習(澪「ホテルの名前言えば察してもらえるよな」)
梓「日本人、子供に見られるらしいですからね」
律「旅行にギター持っていかないだろ」
などなど
『映画けいおん!』
卒業旅行の本番。梓へのプレゼントとなる曲作りが物語中に組み込まれている『けいおん!!』最終話「卒業式!」
3年生の卒業式と、その後の梓へのプレゼント(新曲)披露のエピソード。(新曲披露は劇場版のラストにも登場する)
となっている。
結局、アニメシリーズが「卒業式!」の梓の悲劇で完結するのは変わらないのだが、各作品が公開された順に並べると、
『けいおん!!』最終話「卒業式!」
『けいおん!!』番外編「計画!」
『映画けいおん!』
となり、私たち視聴者にとっては劇場版こそが物語の完結と印象付けられる。そこで、『けいおん!!』が登場人物の誰もが幸せに過ごした物語であり続けるために、3年生が卒業した後も梓には楽しい毎日が待っていることを劇場版で表現する必要があると制作陣は考えたのだと思う。
これはTVシリーズで悲劇に沈んだ梓への贖罪だ。だからこそ、劇場版のあのラストが制作されたのだと思う。物語の最後の最後だけが、『けいおん!!』最終話「卒業式!」のその後にあたるシーンになっている。
こうして彼女たちの物語は幸せに完結した。ここから先の物語を見守ることはできないが、彼女たちの毎日は続く。3年生は卒業してしまったが、梓との関係は続くから心配はいらない。
そして私たちは想像する。
来年の卒業旅行は5人でどこへ行くのだろう?
憂もいるから6人か?
彼女たちはどこへ行き、そこでどんなドタバタ劇が起きるのだろう?
そんな明るく楽しい未来を思い描きながら、私たちは長かった『けいおん!!』の物語の余韻を味わい、あの高校生活を振り返ってこう願うのだ。
これからも彼女たちの人生が幸せでありますように、と。
おしまい★
参考情報
本ブログで使用している物語のジャンル名(「バカの勝利」など)は下記エントリーで紹介しているので、興味があればご参照ください。
https://note.com/momokaramomota/n/n59516100fd93