『響け! ユーフォニアム3』黒江真由との確執、主人公・久美子の成長(第12話~最終話)
物語の創作で登場人物の一覧を考えるときに、リスト上位に入れるべきとされる「インパクト・キャラクター」という役割がある。
『響け! ユーフォニアム3』で、あの黒江真由がインパクト・キャラクターだったという仮説の下で彼女が本作で果たした役割と、主に第12話のクライマックスでそれを乗り越えた主人公・黄前久美子の成長について考えてみたい。
(注:私は原作未読。アニメシーズン3で描かれた内容に基づくネタバレを含みます)
インパクト・キャラクターとは
参考図書によるとインパクト・キャラクターとは
主人公と衝突して変化を促し、
主人公の人生に大きなインパクトを与える人物
のことだ。
『響け! ユーフォニアム3』を見た人ならこの説明を読んで誰もが思うだろう。
あぁ、これは黒江真由のことだ
今回あらためて『響け! ユーフォニアム3』をじっくり見直してつくづく思った。私は黒江真由が恐ろしい。
シーズン3の開始以降、物語の中で様々に仕込まれ、暗示されてきた不安の種が第7話のラストシーンでついに萌芽する予兆に言い知れぬ恐ろしさを感じた。第7話はサービス回だったこともあり、そこから物語が一気に暗転する不気味さで息苦しかった。
この息苦しさの理由は上記エントリーでも書いたように『響け! ユーフォニアム』という物語が組織が内包する狂気を取り扱っているためで、その狂気の存在を白日の下に晒し出していく黒江真由が恐ろしいのだ。
シーズン3・第7話のシーンを振り返ると、
もしこの物語を知らない人が聞けば何のことはないセリフだろう。
しかし、黒江真由は関西大会に向けたオーディションの結果が引き起こす事態を予見していたに違いない。その事態に立ち向かう覚悟を主人公の久美子に問うのがこの発言の真意だったが、久美子はこの時点ではそれに気づかなかった。
そして、私たちは『ユーフォ3』を既に見終えて知っているとおり、このセリフを境として北宇治高校吹奏楽部の部員たちは分断と対立が渦巻く混乱状態へ転がり落ちていく。
黒江真由が恐ろしい
インパクト・キャラクターである黒江真由は高校の吹奏楽部活動に付きまとうある種の「真実」を知っている。その「真実」は物語の中で主人公・久美子が信じている「嘘」と対になるものだ。
黒江真由がシーズン3で語ってきたこと、彼女に関して周囲の人物が語ってきたこと、それらが暗示してきた主な内容を振り返ると次の通りだ。
第1話:川辺でどこからともなくユーフォニアムの音が聞こえる
久美子「うまいね」
麗奈 「うまいね。でも、久美子の方が上手い」第2話:転校生の真由を吹奏楽部に誘う久美子。それに対して真由は、
迷惑じゃなければ
(私が入ると)部のバランスが心配
やるならユーフォがいいんだけど
私はいつ辞めてもいい
楽しく演奏したい第3話
奏が「(真由に)うっかり刺されないように」と久美子に忠告
久美子が「全員そろって北宇治」と決意する一方で、
真由は「辞めたい子は辞めていい」「たかが部活」と主張第5話:大会メンバー選定のオーディションについて真由は、
私もやるんですか
オーディションを辞退したい
私が選ばれるとメンバーが1枠埋まってしまう
(北宇治で)長くやってきた人に出場してほしい第6話:上記5話と類似の発言を繰り返す
第7話:上述の通り、今後の展開を暗示する発言
第8話:オーディションについての真由の発言
(久美子に対して)
もうすぐオーディションだね、ソリ吹きたい? 吹きたいよね?
やっぱり私は辞退しようか?
みんな、それがいいと思ってる
私はみんなで吹ければそれでいい
(北宇治は実力主義という久美子に対して)
それは建前だよね?
また、第5話には久美子と麗奈のこんな会話もある。
第1話では「久美子の方がうまい」だったのが「久美子の方が好き」に変わっている。麗奈の発言が暗示するところは明らかだ。
このように黒江真由は十分な時間をかけて、何度も何度も繰り返し久美子に絡んで準備を整えてきた。そして、様々に暗示されていたとおり、関西大会に向けたオーディションで真由はソリの座を久美子から奪い取った。
その結果に部員たちは激しく動揺し、オーディションへの不満、指導者への不信感が次々に噴出。吹奏楽部の幹部同士の意見は対立し、部の雰囲気は悪化の一途をたどっていく。
主人公の「嘘」とインパクト・キャラクターの「真実」
ここでいったん整理しよう。物語の中で、インパクト・キャラクターは主人公が信じる「嘘」と相反する「真実」を語る役割を持っている。
主人公・久美子の「嘘」とは、
「全国大会金賞という高い目標を掲げ、実力主義を貫くために大会メンバーを公平にオーディションで選出すれば、部員全員が一致団結して目標に邁進し、演奏技術を高めていける」
というものだ。
それに対して真由の「真実」は、
「部員は本当は自分と仲の良い者同士で楽しく演奏したいだけで、急にやって来たよそ者が大会メンバーに選ばれると気分を害し、その結果として吹奏楽部の団結は失われてしまう」
というものだ。
そして、関西大会のオーディション後の吹奏楽部は真由の「真実」のとおりの状態になった。
だから言ったよね?
久美子ちゃんに何度も忠告したよね?
これが久美子ちゃんが望んだ実力主義の結果だよ
シーズン1から久美子を、そして北宇治高校吹奏楽部を見守ってきた私たちはどうしても久美子に同情的だ。その反動で転校してきた黒江真由を悪役に仕立てたがる。確かに彼女は恐ろしい。
しかし、物語の主人公たる久美子は真由の存在とその発言を受け止め、突き付けられた葛藤を乗り越えなければならない。それがシーズン3の久美子に与えられた試練であり、それを乗り越える成長を示すのが部長を任された久美子の使命だ。
関西大会本番では、新方式オーディションの説明が不十分だったことを演奏直前に部員たちに謝罪して何とか乗り切ったが、次の全国大会に向けても懸念は残っている。
主人公が真価を発揮するとき
そしてここから、原作を改変してまで制作陣が表現したかったアニメのオリジナルストーリーになるのだが、久美子は吹奏楽部の部長として全国大会に向けたオーディションで同じ失敗を繰り返すことはできない。
もちろん、実力主義を貫いて久美子が真由からソリの座を奪い返すことができればそれがベストだ(そして、原作ではこの展開だったそうだ)
でも、再度敗れたら? またあのときの最悪の雰囲気に部全体が落ち込んでしまったらどうする? 全国大会本番に向けた立て直しは今度は難しいかもしれない。
しかも、関西大会での麗奈と真由のソリは完璧な出来映えだった。その内容に久美子は衝撃を受けた。
そこに音大進学を選択肢から外した自分がいる。もちろん、最後までオーディションで勝ち抜く努力はする。全国大会でソリを吹く夢は諦めてない。麗奈と二人でソリを絶対に吹きたい。
私にとって麗奈が特別であるように、麗奈にとっても私が特別であることを何としても証明したい。
だが、吹奏楽部の部長である以上、今回はオーディションに敗れた場合に無策ではいられない。文字通り、死中に活を求めなければならない。
真由との決戦オーディションに臨む久美子の覚悟は涼やかに定まっていた。それは彼女の発言に表れている。
そして、オーディションの結果、久美子は真由にまたも敗れた。これを決定づけた麗奈の苦悩・葛藤については前回詳しく述べた通りで、大きな犠牲を伴う決断だったが久美子と麗奈の友情は強固だった。
しかし、事態は二人の友情だけには留まらない。北宇治高校吹奏楽部の部長として久美子には大事な使命がある。夢である全国大会金賞を実現するために、ここで吹奏楽部の団結を乱すわけには絶対にいかない。
これは私の夢、麗奈との夢、卒業していった先輩たちから受け継いだ夢、そして今ここにいる吹奏楽部全員の夢だから、、、
これこそ、久美子が信じてきた「嘘」が「真実」に変わった瞬間だ。それを可能にしたのは、吹奏楽部の部長として奔走してきた久美子の努力と強い信念だ。久美子は黒江真由との関わりを経て成長を遂げ、真由が振りかざす偽物の「真実」に打ち勝った。
シーズン3の最終話(第13話)で描かれたように、久美子の演説を境にして北宇治高校吹奏楽部の部員たちは付き物が落ちたように、また何かに達観したかのように、表面上は穏やかに、しかし内面には強い決意を秘めた団結力を見せるようになった。
全国大会金賞という高い目標
実力主義を貫くための公平なオーディション
部員全員が一致団結して目標に邁進
北宇治高校吹奏楽部が久美子の目指した理想像に到達できた要因はもちろんあの演説にある。オーディションでは真由に敗れ、全国大会でソリを吹く夢はかなわなかったが、物語の真の勝者は久美子なのだ。
あらためて詳細にたどってみると、『響け! ユーフォニアム3』の第12話はとてつもない神回だった。
主人公・久美子の成長の物語
久美子と麗奈の友情の物語
北宇治高校吹奏楽部の団結の物語
これらすべてが完成してひとつにまとまり、完璧な調和を遂げて最終話の大団円へと向かう。そして、ここまで到達すれば全国大会の結末は誰もが予想できて、その結果に納得できる。本当に素晴らしい物語だったと心から思う。
物語の終わりと新たな始まり
こうして、長かった物語は全国大会で最高の結果を得て幕を閉じる。北宇治高校吹奏楽部を見守ってきた私たちに心残りは何もない。
久美子や麗奈たちの高校生活を思い起こしているとOP曲のフレーズが心にしみる。
あの日の私の世界 振り返るたび心震える
生きることに夢中になれた日々が
今を生きている私へと繋がっている
大人になった久美子は自らの高校生活を振り返って思う。ときにつらいこともあるが、それでも人生は素晴らしい。一度きりの青春、吹奏楽に打ち込んだあの3年間に悔いはない。
ここから始まるのは あなたたちが主役の物語
新入生たちもこれから多くの人に出会い、成功も挫折も入り混じった、ときに苦しく、ときに心震えるほどの喜びあふれる様々な体験を経て、大人へと成長していくことだろう。そんな未来を確信し、久美子は生徒たちにこう告げるのだ。
北宇治高校吹奏楽部へ ようこそ