狸の豆腐 職人、仕事、場所、気持ち
豆腐屋の話をする。
通い出したきっかけはミーハー極まりない。
某江戸戯作者の名を商品名とした豆腐などがあると知ったからだ。
若くないけれど若者が来るのが珍しいのか。
御店主に覚えられて、たまにオマケもいただく。
御店主は顔付きも手付きも「The 職人」だ。
狸的な雰囲気を感じたりもする。
悪い意味での狸じゃない。
見た目がとかでもない。
なんというか長年生きてる狸みたいな。
『平成狸合戦ぽんぽこ』の長老狸的なね。
飄々としているのだけれど、
その手や皺や顔とかが、ああ、職人、狸。
初めてオマケをもらった数日後に行くと作業の手を止めないまま訊かれた。
「こないだやったおぼろ、どないやった?!」「美味しかったです!」「おおー!」
無駄にデカい声で返事したのがよかったのかな。
そこから毎回作業の手を止めずに話しかけてくれたりする。
「今日はええ天気やな!」「ええ天気! 豆腐も美味しい!」「おお、そうや!」
作業が立て込んでいる時は声だけ飛ばしてくる。
「いつもありがとー!」
奥様も控えめながら笑ってくれるようになった。
小さな厚揚げ幾つかをこっそりにこっと入れてくれたりするようになった。
わたしは勝手に絹代と呼んでいる。
田中絹代と絹ごし豆腐の絹代からだ。
絹代さんはいつもわたしの持っているバッグを気にしてくれる。控えめに笑いながらだ。
「これ、なあに?」「あ、ぶさいくな猫です」「かわいい」
「今日のこれは?」「あ、えーと、顔?」「覆面? 強いんやな(笑)」
狸の鞄は持ってないごめん。って、どうでもいい。何年か通っていて先日ふと気付いた。
腰をかがめて豆腐やおつりを渡してくれる絹代さんの目線の先が、ちょうどわたしの手あたりだったことに。だからなんやな。
豆腐屋の朝が早いと知ったのは朝ドラの『ふたりっ子』だった。
随分と昔の作品だが、脚本は本年の大河も大好評の大石静である。
ヒロインたちの父役は段田安則がやっていた。
あの父ちゃんは結構なクズだった。
通天閣歌謡劇場の歌姫と駆け落ちして逃げた。
大石静は段田氏にクズ役をさせるのが好きというか癖(へき)ってか性癖なんやろうなあと思う。
段田氏の後もそれっぽい役者をたくさん見つけてきて楽しそうにしてるのが作品越しに伝わるものなあ。
それはともかく、あれから商店街の豆腐屋というものに親近感が湧いた気がしないでもない。
いつぞや開店前のめちゃくちゃ早い時間に着いてしまったらまだ店には何も並んでいなかった。
え、どうしよ、引き返すか。あ、見つかった。
「ええよええよ」「ごめん、早すぎたね」「大丈夫大丈夫。あるよ」
店は準備で忙しいが豆腐は勿論出来ていた。
江戸の戯作者の名を商品名とした豆腐は
ただ白いだけの見た目でなんのへんてつもない。
けれど口にすると「ちゃんと作ってる」のがよくよくわかる。気がする。豊かで濃い。
それを平成狸合戦たちと絹代さんが朝はよから作ってる日々売ってる。淡々と。仕事として。そのことがそれだけのことがうれしい。
うれしいという言葉はたぶんおかしい。でもそのあたりまえのことが好きだ。というか、そのあたりまえだけれどちゃんとした仕事が豆腐に滲んでるような気がしてならない。褒めすぎか。
某関西のいけすかない雑誌たちが何回かわざとらしい特集を組んだりもして載ったこともある。
商店街に行こう♪ だったか昭和レトロ最高! だったかは忘れた。
そんなことをするとカメラなどを持ったやつらがウワッと来る一時的に。
それをされたらほんまに必要としているひとたちが困ることもある。
とも、思っていたし、正直なところ今も変わらない気持ちであるのは本音。
でも、それで「ほんとうに」お客さんが増えて定着するのなら、いけすくとかすかないとかそんなわたしの感情はどうでもいいしちいさいちいさすぎる。
店にとって、商店街にとって、の、この先を広くおおきく考えると。ほんとうにね。
でも、あんまり来なかったしリピートもなかったみたい。そうか。むむむ。
豆腐一丁に●●円は貴族だとは思わなくもない。
効率化とかコスパを考えてとかそういうのじゃなく、そういうのじゃないから●●円なのだろうってわかっている。
昨今の物価高でもまた少し値段が上がった。
絹代さんが「ごめんな、来月からちょっと値段上がるねん」と申し訳なさそうに言ってくれた時は「全然。全然。また来るよ」と返したけれど。戯作者なのに貴族とはこれいかに。いや、戯作者が描く浮世が故だ。考えてしまう。
ここ以外でも豆腐は買う。安いものもおいしいとは思えないものも買う。
せやけどわたしはこれからも自転車に乗って狸と絹代の豆腐を買う買いたい。
水槽からすくい出され一個一個その場でパックしてくれる豆腐はなんてことないし安くはない、けれどいつもちゃんときちんとしゃんといい顔をしてる気がするから。
*
職人が好き。媚びとか愛想とかそんなんええ。
品。仕事。芸。技。
*
昨日に続いて、いつも考える「場所」「大事な場所」の話でもある。かな。かも。
駿は狸合戦のことをインタビューで「(高畑勲は)あんなつまらないもの作りやがって」と言っていたのを見たが(笑)、好きや嫌いやなく、あのストレートさには力があるよね。作品として。
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【略歴や自己紹介など】
構成作家/ライター/エッセイスト、
Momoこと中村桃子(桃花舞台)と申します。
旅芝居(大衆演劇)や、
今はストリップ🦋♥とストリップ劇場に魅了される物書きです。
普段はラジオ番組構成や資料やCM書き、
各種文章やキャッチコピーなど、やっています。
劇場が好き。人間に興味が尽きません。
舞台鑑賞(歌舞伎、ミュージカル、新感線、小劇場、演芸、プロレス)と、
学生時代の劇団活動(作・演出/制作/役者)、
本を読むことと書くことで生きてきました。
某劇団の音楽監督、
亡き関西の喜劇作家、
大阪を愛するエッセイストに師事し、
大阪の制作会社兼広告代理店勤務を経て、フリー。
lifeworkたる原稿企画(書籍化)2本を進め中。
その顔見世と筋トレを兼ねての1日1色々note「桃花舞台」を更新中。
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担当していたDVD付マガジン『演劇の友』は休刊ですが、
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