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過ぎ去るものは現実、それとも幻

先日、岐阜放送さんの「生放送 ぎふナビ!」にて

気まぐれひたひた朝焼けは飴色の公演を取り上げて頂きました。

そしてzoomにて生出演しました。

ヘッダーの画像は生出演した時に画面録画していたものの一部。


自分が生きている映像(しかもドキュメンタリー的な)を

第三者が見てコメントしてくれている。

そんな状況に慣れていなくて

自分の中で違和感しかないくて

本番5日前のことも流れたけど

あの時の私は、今の私と違う感情だし

あの時の私は、終わった私の感情なんて想像していないし

演劇をつくっている過程を取り上げられるって恥ずかしすぎました。


まわりの反響も面白くて

母が「すっぴんなのが可愛かった」とか

父が「ワイプのリアクション笑」とか

9月に会ってから何も連絡してなかったけど

テレビ越しで私を楽しんでる状況が面白いなーと。


今、私は京都にいて

やっぱりいろいろな感情に惑わされながら

自分を保って前進していくのに必死です。

その中で揺らいでいないものが少なからず存在していることに

安心感と焦燥感を覚えます。

確実なものが私の中に存在しているから

私は前に進めるけれど

確実なものが私の中に存在しているから

私は前に進まないといけない。


臆病な自尊心と尊大な羞恥心は私にあるのだろうか。

ガサツな自尊心と諦めた羞恥心は備わってる気がする。


私のとっての京都の父であり、バイト先の店長はいつも

「お前は出来る。出来るやつやねん、柔軟性あるから。

でも柔軟性が諦めになってる時がある。

まだ若いし、こっから経験していく中で苦労するやろうけど、

自分ができへんことでも仕組みを理解する力が必要やな。」

って言ってくれる。


自分が立ち向かったことのロジックをちゃんと解き明かせた時には

もっと私は強くなってるんだろうなー

人間的に。


頑張ります。

情緒の波が乱れてきたので、しばらくは岐阜に帰れないです。

(なんだそれ)

京都の父のもとで鍛えてもらいます。

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