『落研ファイブっ』(10)「金と女と暴動と」
〈三元帰宅 『味の芝浜』にて〉
〔み〕「時坊、何で連絡返さないのさ」
スプリンクラーの赤茶けた水で汚れた制服もそのままに店ののれんをくぐった三元に、みつるが声を上げた。
〔う〕「まあまあ大女将、若様もあんな事があったんじゃ電話も気が付かなかっただろうよ」
〔綱〕「何はともあれ無事で良かった」
〔み〕「あんたの学校、とんでもない事になってるじゃないか」
テレビの画面を見て、三元は驚愕した。
※※※
「警察と消防によりますと、校長室を火元とした火災は鎮火しつつあるものの、火災および暴動による重軽傷者複数がいる模様です」
関係者提供映像とテロップが出た映像は、およそ毎日通うのどかな学校のそれとはかけ離れていた。
※※※
〔保護者A〕『われなめとんのか部費返せやぼけええっ。何使い込んどんねんこのだぼが』
ベルトを鞭のように振り回しながら校長室を歩き回る関西弁の男。
〔保B〕『三十万円をすぐに耳そろえて持って行かないと小柴のシャコの餌にされちまうって嫁に吹いたんだって。今すぐに俺に三十万円返さにゃ、俺があんたを小柴のシャコの餌にするぞ』
潮焼けしたガタイの良い小男。
〔保C〕『うちの嫁からも目の手術で物入りだなんて大嘘ついて金をふんだくっただろ。息子の学資保険をあいつがあんたに貢ぐために勝手に解約した金なんだ。頼む。後生だから返してくれ』
白アスパラのようなひょろりとした男。
〔保D〕『犬吠埼さん、俺は現役時代のあんたの大ファンだった。だからこそ母ちゃんが難病になったなんて見え透いた嘘にも、素知らぬ振りで二十万円貸したんだ。だがな、生徒の母親を何人も同時に股かけて金を貢がせるなんて情けない。落ちぶれたもんだね』
特徴が無いのが特徴の男。
顔にモザイクが掛けられた四人の男が、それぞれの表現で『金返せ』と訴えている。
〔桂〕『落ち着いて話し合いましょう。暴力はいけませんよ』
〔保A〕『顧問さんも他人事じゃねえんだぞ。遠征費用も無いってのはいくらなんでもおかしいだろうよ』
〔犬〕『金金金金うっせえな。今手元にないだけなの。三百万円ぐらいありゃ、信用二階建てフルレバ無限回転篇で手前らの年収ぐらいすぐ作れんだよ。ちっとはおりこうさんにして待ってろやこの貧乏人ども』
〔保B〕『てめえ、ぶっつぶしてやるーっ』
カメラのアングルは窓側からだった。
鈴なりに窓にへばりついた部員の誰かが、小遣い稼ぎにテレビ局に提供したらしい。
〔部A〕『ふざけんな! 部費返せごらあっ』
〔部B〕『出て来いよ犬吠埼ようっ』
校長室側のドアごと生徒たちがなだれ込んでくる。
〔部C〕『俺の母ちゃんに何しやがるんだ』
〔犬〕『君の母ちゃん、ご無沙汰歴十年だってさ。父ちゃんが白アスパラで、よほど物足りなかったんだろうね(笑)』
オイル缶をジャンパーから取り出した犬吠埼は、惜しげもなくオイルをソファーに振りまいていた。
〔保〕『ふざっけんな!』
〔桂〕『救急車! 消防!』
〔校長〕『君たち、危ない逃げろっ!』
映像はそこでぶっつりと切れていた。
※※※
『続報が入り次第改めてお伝えいたします。では次のニュースです』
チャンネルを変え、同じ内容のニュースを見ようとした三元からリモコンを取り上げたみつるは、有無を言わせずテレビショッピングチャンネルに切り替える。
〔み〕「若い時になまじっかモテて大金が入ったもんだからこのザマさね。一度見りゃ十分さ。何度も見たら脳に毒だよ」
〔三〕「でも顧問の先生だってあそこにいたし、後輩の友達もいるはずだ」
〔み〕「そんなのテレビを見たって知れる事じゃないよ」
〔う〕「今は皆の無事を願うしか、若様に出来るこたあ無いんだよ」
〔綱〕「きっと、みんな大丈夫だよ」
三元は無言でうなずくと、二階に上がっていった。
〈午後八時 『みのちゃんねる』生配信〉
〔シ〕『本日は【超!緊急生配信! あのトレンド八万越えの暴動をみのが語りつくします】スペシャル―』
シャモが緊急生配信をすると聞いて嫌な予感がした仏像は、普段は見ない『みのちゃんねる』をチェックした。
〔シ〕『痴情のもつれか金の恨みかはたまたその両方か。目撃者のみのだからこそ話せる、ホットホットな三十分』
〔仏〕「シャモ正気か」
SNSで三十分前に告知していただけあって、視聴者数はいつもの十倍以上に膨れ上がっていた。
当然投げ銭の額もスピードもいつもの比ではない。
〔仏〕「恨み買っても知らねえぞ」
開始五分で既に五万円を超えた投げ銭に呆れ果てながら、仏像はスマホを閉じた。
〈午後九時五十分 餌宅〉
プライムタイムのニュースが始まる頃に帰宅した餌の母が、パンダのフード付きパジャマに着替えた餌を見るなり、良かったとつぶやいて床にへたりこんだ。
〔餌〕「日本でまさかあんな光景が見られるとは思わなかったよ。見てほら」
土煙を上げながら逃げる男子高校生の手からクリームパンを食いちぎる別の生徒の写真をスマホで見せながら、|餌〔えさ〕はげらげら笑う。
〔餌母〕「あんたのそういう所、お父さんに似たわね」
呆れたような、どこか寂し気な笑みを見せると、餌の母はリビングのテレビを付けた。
〈午後十時 松尾下宿〉
『かつてはプロサッカー選手として人気を誇った犬吠埼容疑者。CM後はその栄光と破滅の軌跡をたどります』
CMが流れ始めると同時に松尾がリモコンに手を伸ばすと、長風呂兼エステタイムを終えてリビングに戻ってきた千景が声を掛けてきた。
〔千〕「松尾ちゃんがテレビを見るなんて珍しいわね。どうしたの」
〔松〕「明日、臨時休校になりましたので」
〔千〕「どうしたの急に」
松尾は部員や近所の野次馬が撮った写真の数々が載せられたSNSに、ネットニュースのヘッドラインを見せる。
〔千〕「だめよ、こんな学校。すぐにもっと安全な学校に転校しなさい。お姉ちゃんに伝えなくっちゃ」
〔松〕「いつもは過ごしやすい学校なんです。のんびりして穏やかな人ばかりだし、友達も出来たし」
松尾の母に連絡を入れようとする千景を、松尾は制した。
〔千〕「でも何でこんな事に」
〔松〕「サッカー部の監督が部費を使い込んで、保護者複数からも金を借りて返さなかったらしくて」
松尾は『生徒の母親複数に同時進行で関係を持って金を貢がせた』部分にはあえて触れずに説明した。
〔千〕「やっぱり学校を変わった方が良いんじゃないかしら。とにかく我慢は絶対にしないでね。高卒認定試験を受けたっていいんだし」
〔松〕「大丈夫です。父さん母さんもこのニュースは知っているから心配しないで。それから、明日は図書館に行こうと思います」
〔千〕「そう。お昼は外で食べて来るの」
〔松〕「はい。落研の先輩と一緒に」
〔千〕「あらそう。怖いお友達じゃ無いでしょうね。他人が持っているパンを横から食いちぎる子がいる学校だもの。不安で仕方がないわよ」
〔松〕「大丈夫です。その人は国公立特進クラスの先輩で、とっても真面目で成績だって全国トップレベルですから」
〔千〕「その先輩は落語以外に何か趣味はあるの」
〔松〕「仏像が好きだとは聞いています」
〔千〕「あら古風な子ね」
その言葉に千景は安心したようで、あまり遅くならないでねと念を押した。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※2023/8/8 改題および一部改稿
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