『落研ファイブっ』(12-1)「生霊の宴」
〈臨時休校当日 味の芝浜にて〉
〔歌〕「おやおやこりゃ若様に美濃屋の若旦那までお出ましで」
シャモが【野木坂動物園下 割烹・仕出し 味の芝浜】でキジ焼き重をつついていると、見覚えのある顔が声を掛けてくる。
〔み〕「新香師匠が久方ぶりににぎわい座にお目見えだよ」
みつるの声掛けで、シャモは実家の上顧客の名を思い出すことが出来た。
〔シ〕「歌唱院先生、お久しぶりです」
声帯模写の大御所である歌唱院新香は御年七十八歳。
張りのある声は未だ健在だが、日々ロマンナイトや東海林三郎に笠木すずえ、果ては上原謙次の声帯模写をするものだから、大抵の人には理解不能な芸風と化している。
〔歌〕「昨日の『みのちゃんねる』、随分な盛況ぶりだったねえ」
〔シ〕「ご覧になったんですか」
〔歌〕「見た見た。近頃の若い人は寄席よりネット。時代だねえ。あんなにおひねりが飛ぶんじゃ、あたいもネット配信ってのをやってみたいけど」
〔う〕「あたしらは、らくらくホンしか使えないんだもの嫌になっちゃうよ」
はーあーと言いながらタオルおしぼりで顔を拭くと、ちょっと邪魔するよと断って松脂庵うち身師匠の向かいに座った。
〔歌〕「それにしたって若旦那と若様の学校もえらいこっちゃ。あのプロ上がりのサッカー部監督は太え男だよ。現役時代にゃ、あたいたちが生まれ変わったって稼げないぐらいの金をもらってただろうにね」
〔う〕「金があったから破滅したのさね」
したり顔で二人の老芸人が顔を突き合わせてしゃべるのを聞きながら、こんな会話ばかり聞いているから今の三元が出来上がったのだと、シャモは妙に納得した。
〔み〕「新香師匠の芸も、いつ聞けなくなるか知れたもんじゃないよ。あんた達、木戸銭はあたしが持つから行ってきな」
〔歌/う〕「違えねえ」
新香師匠とうち身師匠がはははと笑った。
〔う〕「今日は二つ目さんと、新香師匠に上方の師匠。仲入り(休憩)後にあたし、それから竜田川姉妹の歌謡ショー。主任(トリ)は小柳屋御米師匠だよ」
〔み〕「今日はずいぶんにぎやかだね」
〔三〕「御米師匠か。こりゃ皆も見た方が良い」
創作落語中心に活動している小柳屋御米師匠。
真打に昇進してから十年以上経つ実力派だが、最近は敢えて古典に軸足を移している。
三元はほうじ茶を飲むと、落研の残り三人に連絡をした。
〔三〕「シャモも来るだろ」
〔シ〕「行くわ。一旦帰るけど」
〔三〕「帰るの面倒くさいだろ」
〔シ〕「だって、旬のネタは旬のうちに捌かないと金にならねえよ。三元の誘いが無かったら、今日は朝から学校でロケやるつもりだったの」
〔三〕「今日も生配信やるつもり」
〔シ〕「生はやり過ぎると飽きられるからやらねえけど、収録と編集はしたかったんだよ」
〔三〕「うちですりゃいいじゃん」
〔シ〕「スマホじゃ出来ねえよ。結構こだわって作ってんの」
スマホでも編集は出来るのだが、すっかり枯れた老人のペースもとい三元時間に巻き込まれたくはない。
口から出まかせを吹いたシャモは、キジ焼き重をかき込むと、みつるにごちそうさまでしたと声を掛けた。
〔み〕「帰りに晩飯もうちで食って行きな。でかいイサキが入ったんだ」
今年一番の大漁だったらしいんだよと、みつるは得意げである。
〔う〕「イサキだけじゃなくて、鯛とヒラメも当たり年らしいね」
〔歌〕「晩飯も呼ばれりゃどうです若旦那。レンコンにねじりはちまきくいっと巻いて、辛口の冷でイサキに鯛の造りなんて粋だねえ」
〔シ〕「未成年に酒を勧めちゃダメです。それに今日中にどうしても動画をアップしたいので」
〔み〕「そうかい。最近の若い子はせわしないねえ。若いうちはもっと遊ばなけりゃ」
みつる達の声を背に、シャモは三元時間から脱兎のごとく逃げ出した。
※※※
「母ちゃん、にぎわい座で新香師匠を見る事になったんだけど」
家にとんぼ返りして台所に駆けこむなり、シャモは息せききって母親に告げた。
「どうしたんだよ生霊背負ったような顔しやがって」
「生霊じゃねえよ。死にかけ三体だよ。三元って一体本当は何歳なんだ。良く奴らとずっと一緒にいられるな」
「ははっ。そりゃ大店の跡取り息子なんだから、それ位じゃなけりゃ勤まらないね」
シャモの母は、鰹節をカンナで削っている所だった。
「早田節の良いのを鉄骨師匠が持ってきてくれたんだ。ほら食ってみな」
近所に住む俳諧の師匠の浪裏鉄骨も、【和装とおしゃれ小物 新香町美濃屋】の上顧客である。
「おっうまいね。でさ、楽屋に何持って行きゃ良いと思う」
「あんころ餅でも持って行っておやりよ。新香師匠の売掛が溜まってんだ」
冗談とも本気とも取れぬ口調にシャモがぎょっとしていると、冗談だよと言ってシャモの目の前にデパートの商品券を五千円分並べた。
「今日は他に誰が出るんだい」
「うち身師匠と御米師匠、それに竜田川姉妹。あと二つ目(※)さんと上方の師匠が出るんだって」
「まだ生きてたのかい竜田川姉妹。ビックリだよ」
「有名なの」
「まあ、ある種有名だね」
何がどう有名なのかについては、母親は何も言わなかった。
「その商品券で黒豹屋の一口羊羹でも買って持って行きな。あれなら老人でも食べやすかろう」
それきり母親は戻ししいたけを細かく刻む作業に没頭したので、シャモは自室のせんべい布団にでんと座って編集作業を始めた。
「そうだ漢太!」
「なんだよいきなり入ってくるなって言ったろ」
「あんた変なもん見てんじゃないだろね」
「見てねえよ。何だよ母ちゃん」
シャモの母は日高昆布の袋を片手ににやりと笑った。
「あんたさ、せっかく寄席に呼ばれたんだから、竜田川姉妹の歌謡ショーもしっかり見て来るんだよ。それで、竜田川姉妹とねんごろになっちゃどうだい」
「だって俺その竜田川姉妹ってのを知らねえんだよ。何話せば良いんだよ」
にやにやと笑う母親は、日高昆布の袋で自分の左手のひらをぺちぺちと叩いた。
「まあそりゃ見てのお楽しみだよ。仲良くなったら『みのちゃんねる』にでも友情出演してもらえば良いじゃないのさ。と言う事で、漢太は今日の夕飯は無し」
「どう言う事で夕飯抜きにされんだよ」
「だーかーら。竜田川姉妹と晩飯食ってこいって言ってんだよ」
「何でそんなに竜田川姉妹推しなんだよ。母ちゃんが食ってこいってんだ」
「あんたじゃなきゃ、『逆張りのみの』じゃなけりゃ意味がないんだよ」
ふんっと鼻を鳴らすと、精々気張りなと言って母親は台所に降りて行った。
「竜田川姉妹っと――。何これ、きっついなー」
しかしながら検索結果の写真はどれもこれも、シャモが生まれる前の竜田川姉妹の写真なのである。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/3 改稿/改題 2023/11/20 一部加筆修正)
※本稿は(12)「昭和レトロな夜にして」を読みやすさ優先のため二分割および一部改稿したものです。
※二つ目 江戸(東京)落語の階級制度(前座・二つ目・真打)の二番目にあたる階級
この記事がちょっとでも気になった方はぜひ♡いいねボタンを押してください!noteアカウントをお持ちでなくても押せます。
いつも応援ありがとうございます!