父の日がカレンダーから消えて
父の日が私のカレンダーから消えてから、今年で4年が経とうとしている。
4年前の雪の日、長く病気を患った末、最期は病院の病床で亡くなった。
闘病生活は過酷であった。
骨のように細くなった足は壊死し、不自由な内蔵故に人工肛門となり、身体の機能も徐々に失われていった。「母さん」とか細い声で祖母を呼び、血の海となった風呂場で倒れていることもあった。涙を流し嗚咽を上げながらも、気丈に振る舞おうとする祖母の姿も同時に思い出される。
本人の希望もあり、家で介護を続けながら療養を行なって