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〖詩〗臆病

出会ったのは中学校の図書室の、日も当たらないような奥の棚だった。
人気の本棚に比べてこの一角には誰も来ず、空気の循環もない。
ただひとり、私だけに触れる空気は、ぼんやりと背中を押してくれた気がした。

──────中原中也

その名を見つけ、私は本を手に取る。
その詩集がいったいどの様な装丁のものだったか、どこのレーベルのものだったか、そういった事細かな記憶はない。

しかし一頁、また一頁と紙を捲れば、私の心は軋む。
その軋む感覚だけを覚えている。
まるで古びた空き家の寂しい戸が、独りでに開いたり閉まったりするのを見ているかのような心地だった。
中也の詩集を読み、生まれて初めて心に得たものが、何か分からなかった。
それが怖かった。
叫びたかった。
しかし私は得体のしれないこれに叫び方も分からず、飲み込むほかなかった。
何度もその一冊を借りては返していた中学も卒業し、私はようやく自室の本棚に中也詩集を並べた。

二十三歳になった今も、私の心はあの日と同じ、軋んだままでいる。
今はまだ知りたくないのだ、記憶の中にあるこれを。
私は臆病者である。

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