【掌編小説|Reflection】Melt
花火をしませんかと誘ったのは星がとても綺麗な夜のことだった。この夏はじめての花火だった。子供と呼ばれる年齢ではなくなっても、火花がはじける様子にはどこか心が浮き立つ。けれど一人でそれを眺めるのは寂しいから、誰かと一緒にその色を眺めたくて、誘いをかけた。これをきっかけに距離が縮まればいいな、というほんの少しの下心もあったけれど、もっと単純に、感動の共有をしたい、みたいな欲求で。
庭先でちょっとできればいいな、くらいに思っていたのだけれど、せっかくだから海に行こうよ、近いしね、と、水の入ったバケツと花火を抱えて海に向かった。それから、その道中で会った知り合いにもせっかくだから一緒にやりませんかと誘ったりして、結果的に6人が港に集まった。当初思っていたよりも随分と賑やかなパーティーになったのだけれど、こういう思いがけない展開があるほうが、人生は、たのしい。
ろうそくに火をつけて、色の変わるものだとか、幼い頃の記憶よりも少し進化したような気がするそれらを始めてみれば、みんな良い大人なのに結構はしゃいでいる。くるくると変わるその表情に、誘ってよかったな、と思う。
海には街灯も無いから結構暗いのだけど、ぱちぱちと火花が光るその瞬間は、みんなの表情がよく見えた。黒い海に反射した光も綺麗だった。
そして、最後の線香花火の火球が水面に落ちて、ろうそくも溶けて、それからの、余韻。
ボラードに腰かけて海を眺めるひと。
地面に寝転んで空を眺めるひと。
クラフトビールを飲みながら会話をするひととひと。
それらのひとたちを、眺める、わたし。
の、隣にいる、距離を縮めたかったあのひと。
「あ、流れ星」
そのつぶやきを聞いて見上げたときには、当然のことながら既にその姿はなかった。なかったのだけれど、こんな夜がまた訪れますようにと、つい願わずにはいられない夜だった。
線香花火も、流れ星も、鼻歌も、それからきっと恋心も、きらきらしたものは全部、夏の夜の海に落ちて溶けた。その溶け方は、昼間の灼けつくような日差しで形も無く溶かされるのとは全然違う、もっと緩やかで静かな溶け方だった。
溶けていったそれらはこの世界から完全に消えたわけではなく、形を変えて、すべてのものとの境界線を曖昧にしながらふわふわ漂っていった。
もしかするといつの日か、寄せる波とともに、この場所に帰ってくるのかもしれない、と思いながら、そっと目を閉じて、波の音を聞いた。
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